翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 32-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 王妃は目顔で侍女たちを、ミズリー夫人(madame de Misery)さえも、退らせた。

 一人ずつ部屋を出る。

 王妃は最後の一人が外に出て扉が閉まるのを待ってから、ジルベールに目を戻して、ジルベールがずっと自分を見つめ続けていたことに気づいた。

 何と厚かましいのだろう、怒りがこみ上げる。

 医師の目つきは見たところ無害だが、執拗であったし、企みに満ちていたし、抗わざるを得ないと感じるほどの重圧だった。

「あら先生」王妃は銃弾のように言葉を放った。「何をしてらっしゃるの? そんなところに突っ立ってわたしを見つめてないで、何処が苦しいのかたずねるべきじゃありませんか?」

 稲妻のような眼差しを伴うその乱暴な言葉を聞けば、王妃の取り巻きは誰もが身体をすくめただろうし、フランス元帥も英雄も半神もひざまずいて許しを請うたことだろう。

 だがジルベールは穏やかに答えた。

「医者はまず目で見て診断を始めるのです。医者をお呼びになった陛下に目を注いでいたのは、無意味に好奇心を満足させるためではなく、自分の務めを果たしていたのであり、仰せに従っていたまでのことです」

「ではわたしを観察していたと?」

「出来うる限りでですが」

「病気でしたか?」

「正確に申せばご病気ではありませんが、過剰な興奮状態でいらっしゃいます」

「そうですか」マリ=アントワネットは小馬鹿にしたようにたずねた。「怒りに駆られているとは仰らないのですね?」

「医者をお呼びになったのは陛下なのですから、医者が医学用語を使うのはお許し下さい」

「いいでしょう。それで……過剰な興奮状態の理由わけは?」

「陛下ほどのご見識をお持ちでしたらお気づきだとは存じますが、医者は経験と学識によって肉体的疾患を見抜きますが、人間の心の奥底というものは易者のように一目見て計れるようなものではありません」

「二度三度見れば痛いところだけではなく思っていることまで見抜くことが出来るとと言いたいのですか?」

「そのつもりです」ジルベールは事務的に答えた。

 王妃は無言のまま震えていた。口唇からは今にも煮えたぎった辛辣な言葉が飛び出そうだ。

 だが王妃は堪えた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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