翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 32-7

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「カリオストロは卑劣なペテン師であり、いかさま魔術によって眠らせるのは犯罪だと言っているのです」

「犯罪ですって?」

「ええ、犯罪です。飲み物を飲ませたり、媚薬や毒薬を飲ませたりした結果に対する、人間としての正義とは、わたしなりに考えるに、犯人が傷つき罰さられることではありませんか」

「陛下」ジルベールはなおも辛抱強く答えた。「過ちを犯した者たちに、どうか寛大なお心を」

「では認めるのですね?」

 王妃は間違っていた。ジルベールの穏やかな声を聞いて、許しを請うていると勘違いしたのだ。

 王妃は間違っていた。ジルベールは有利な状況を逃すまいとしていたのだ。

「何ですって?」ジルベールが瞳に宿る炎をいっそう燃え上がらせたので、マリ=アントワネットは陽射しに当てられたように目を伏せざるを得なかった。

 王妃は狼狽から立ち直れなかったが、何とか気持を奮い立たせた。

「王妃を傷つけることが出来ないように、王妃に質問することもなりません。宮廷に入ったばかりでしょうが、そういうことも覚えてゆくことです。それはそうと、過ちを犯した者たちの話でしたか。寛大になるようにとわたしに注文していたようでしたが」

「非の打ち所のない人間とはどのような人間でしょうか、誰の目も届かない良心の殻の奥深くに閉じこもることが上手く出来た人間でしょうか? 人はそれを美徳と呼ぶようですが。どうか寛大なお心を」

「でもそうすると」と王妃は不用意に答えた。「良心の奥底にさえ真実を求める目を向ける人間たちの弟子であるあなたにとって、美徳のある人間などいないのではありませんか?」

「それはその通りです」

 王妃は蔑みを隠そうともせず笑い出した。

「お願いですから、今は広場で愚者や田舎者や愛国者たちに話をしているのではないことを思い出していただけますか」

「どなたに話をしているのかは承知しておりますから、ご心配無用です」

「でしたらもっと敬意を払いなさい。せめてもう少し上手くやることです。これまでの人生を振り返ってご覧なさい。幾ら才能や経験があろうと、あらゆるところで励んで来た人たちにも凡人たちと変わらず備わっているその良心とやらの奥深くを覗いてご覧なさい。卑しいこと、悪いこと、罪になることだと考えられることをすべて思い出してご覧なさい、これまでに犯して来た残酷な行為、暴力行為……それから忌まわしい罪も、すべて思い出してご覧なさい。お黙りなさい。今言ったことをすべて考え合わせたなら、頭を垂れて、身の程をわきまえ、礼儀を知らない尊大な態度で国王の住まいに近づいたりはしないことです。国王とは、少なくとも新しい秩序が出来るまでは、犯罪者の心に入り込み、良心の襞を探り、情け容赦なく罪人に最終的な罰を課すために、神が定めた存在なのですから。これがあなたがなさるべきことです。あなたが悔い改めればみんなが満足するのですよ。あなたのような病んだ心を治すには、孤独の中で生きるのが一番です。自分の価値を勘違いさせるような華々しさから、遠く離れて過ごしなさい。宮廷には近づかず、病身の国王を看るのは諦めるよう忠告いたします。得体の知れぬ治療を施すよりも、よほど神に感謝される治療があるではありませんか。古代ローマには、あなたにぴったりの諺がありますよ。『医者よ、汝自身を治せIpse cura medice』」

 王妃としては屈辱的な告発だと考えていたようだが、ジルベールはこれに憤りもせず、穏やかに返答した。

「陛下のご忠告はとうの昔にすべて実行しております」

「何をしたと?」

「じっくりと思い返してみました」

「自分自身のことを?」

「その通りです」

「それから……あなたの良心について?」

「特に良心の拠り所について」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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