翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 33-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「それでは王妃陛下にお答えいたしましょう。今朝ヴェルサイユに参上したのには如何なる目的があったのか。国王陛下にパリに赴くよう助言に参ったのです」

 市庁舎に保管されている四万キロの火薬に雷が落ちたとしても、今の言葉が王妃の心に着火したような爆発を引き起こすことは出来なかっただろう。

「国王をパリに? 国王がパリに?」

 王妃のあげた恐怖の叫びに、ルイ十六世は震え上がった。

「だから言ったではないか」国王がジルベールを見つめた。

「国王を叛乱のさなかの町に?」王妃はやめなかった。「国王を熊手と鎌の真ん中に? スイス人衛兵を殺戮した者どもの中に国王を? ローネー殿とフレッセル殿を殺した者どもの中に国王を? 国王に市庁舎広場を渡らせ、国王を守った者たちの血の中を歩かせろというのですか!……頭がおかしいのではありませんか、そんな話をなさったなんて。何度でも言いましょう、あなたは頭がおかしいのです」

 ジルベールは敬意を抑えている人間のように目を伏せただけで、何も言い返さなかった。

 国王は心底感動して、拷問官に鉄の網を押しつけられたように、椅子の上で身体を捻った。

「いったいどうしたら、分別のある頭を持ったフランス人の心にそのような考えが入り込むのです? 聖ルイの末裔、ルイ十四世の曾孫に口を利いているということがわからないのですか?」

 国王が絨毯の上で足を踏み鳴らした。

「わかりません」王妃はなおも続けた。「衛兵や軍隊の守りから国王を引き剥がそうとなさっているとは思いませんし、要塞たる宮殿から引っ張り出して一人きりで敵に晒そうとなさっているとも思いません。国王を暗殺させようとなさっているわけでもないのでしょう? ジルベールさん」

「いま仰ったような裏切りをしかねない人間だと一瞬でも思われているとしたなら、自分のことを頭がおかしい人間なのではなく極悪な人間だと考えたことでしょう。ですがありがたいことに、王妃陛下はこの私以上にそんなことは信じていらっしゃいません。国王に先ほどの助言を申し上げに参ったのは、それが役に立つと考えているうえに、何にも増して優れた助言だと考えているからです」

 王妃が胸の上で指を震わせた。その激しさに、布地が音を立てた。

 国王が軽く肩をすくめて苛立ちを示した。

「頼むから先生の話を聞いてくれぬか。否定する時間は話を聞いてからでもたっぷりある」

「国王陛下の仰る通りです」ジルベールが言った。「何しろこれから申し上げなくてはならないことを、王妃陛下はまだご存じないのですから。あなたのためにならいつでも死ねる、信頼のおける忠実な軍隊に守られているとお考えなのでしょうが、勘違いも甚だしいと言わざるを得ません。フランス軍のうちの半数は革命という思想に憑かれて改革者たちと陰謀を企てております」

「軍隊を侮辱する気ですか!」

「それどころか称讃しているのですよ。祖国を愛し、自由に身を捧げていながら、王妃を敬い、国王に身を捧げることが出来るのですから」

 王妃がジルベールに向かって稲妻の如く燃え上がる眼差しを放った。

「今の言葉は……」

「今の言葉が王妃陛下を傷つけたことは承知しております。普通に考えれば、初めて耳にされたでしょうから」

「慣れなくてはなるまい」ルイ十六世は妥協すべき点をわきまえており、それが力の大部分を形作っていた。

「嫌です! 絶対に嫌です!」

「聞き分け給え。先生の言っていることは正しいことばかりではないか」

 王妃は身体を震わせながらまた腰を下ろした。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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