翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 33-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「遠ざけられたことでますます募る憎しみからも、その時が来れば勇気に変わる無鉄砲からも、結果の見えない戦いの混乱からも、国王やあなたは遠のいておいて欲しいのです。あなたの暴力のせいで増えてしまったに違いないその大群を、あなたなら優しさを用いて消し去ることが出来るのです。人々は国王の許に押しかけようとしています。それを阻止して、国王が人々のところにいらっしゃればよいのです。今日は軍隊に囲まれていらっしゃっても、明日には国王の勇気と政治手腕を明らかにしていただきたいのです。問題の二万人には国王を征することが出来るでしょう。国王にただその二万人を征しに行っていただきたいのです。その二万人とは国民なのですから」

 国王が思わず同意の仕種をしたことを、マリ=アントワネットは見逃さなかった。

「馬鹿なことを!」王妃はジルベールに向かって言った。「あなたが仰るような状況の中で国王をパリに行かせるということの意味がわからないのですか?」

「どういうことでしょうか」

「『同意した』という意味になるのですよ。『スイス人衛兵を殺してくれて良かった』という意味になるのです。『士官たちを虐殺し、首都を砲火と血にまみれしてくれて良かった。余を玉座から蹴落としてくれて良かった。ありがとう、諸君!』という意味になるのです!」

 マリ=アントワネットの口に見下したような笑みがよぎった。

「そうではありません。お間違えです」

「何を……!」

「意味するところは、『正義は国民の苦しみの中にあった。余は許しを与えに来た。余がおさであり王であるし、余がフランス革命のかしらである。かつてアンリ三世がカトリック同盟の頭であったように。そなたたちの将は余の将校であり、国民衛兵は余の兵士であり、そなたたち組織の役員は余の官僚である。余を押しのけるのではなく、ついて来られるところまで余について来れば良い。余の足取りの大きさを見れば、余がフランスの国王であり、シャルルマーニュの後継者であることが今一度理解できるだろう』ということです」

「その通りだ」国王が悲しげに呟いた。

「お願いです! この男の言うことを聞いてはなりません。この男は敵です!」王妃が声をあげた。

「私の話をどう思ったかは、国王陛下ご自身がお話し下さるでしょう」ジルベールが言った。

「余が思うに、今までのところ恐れることなく真実を口にしたのはそなた一人しかおらぬ」

「真実?」王妃が叫んだ。「その真実とやらを仰ってみるがいい」

「かしこまりました」ジルベールが応えた。「今この瞬間の真実とは、王位と王権が奈落に転がることを防ぐことが出来る、ただ一つの松明なのです」

 ジルベールはそう言うと、マリ=アントワネットの膝に届くほどへりくだったお辞儀をした。

 
 第33章終わり。第34章につづく。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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