翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 34-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「アントワネット、ただの市民になればそのような口を利かずとも良いのだぞ」

「わたしは市民などではありません」

「だからこそそなたを許すのだ。だがそなたに同意するという意味ではない。そうではない。諦め給え。我々は苦難の時にフランスの玉座に着いてしまったのだ。我々には革命と呼ばれる大鎌の戦車を前方に押し出す力が必要なのに、その力が欠けているのだ」

「冗談ではありません! その戦車が通るのは子供たちの上ではありませんか」

「わかっておる。だがそれでも押さねばならぬのだ」

「押し返せば良いのです」

「いけません」ジルベールが重苦しい声を出した。「押し返せば、潰されるのはあなたです」

「これだけは言っておきます」王妃は我慢強く続けた。「はっきり口に出すのも度が過ぎているのではありませんか」

「では口を閉じましょう」

「お願いだから言わせてやってくれ」国王が言った。「今そなたが聞いたことを、この一週間というものどの新聞も書き立てているのだ。先生がそれを新聞で読んだのでないとしたら、読まぬようにした、ということだ。事実を棘でくるまなかっただけでもありがたいと思ってくれぬか」

 マリ=アントワネットは口を閉じてから、げっそりした様子で溜息をついた。

「結論を申し上げますが、いえ、繰り返しになりますが、あなたの意思でパリに行くということは、起こったことすべてを容認するということですよ」

「その通りだ。わかっておる」

「譲歩するということは、あなたを守る準備をしていた軍隊を裏切ることになるのですよ」

「フランス人の血を流さずに済むということだ」

「これからは暴動や暴力沙汰を起こせば、謀反人や煽動者の望むような方針を、国王の意思に刻み込むことが出来ると、公言するようなものです」

「余の言葉に納得したことをすぐに認めてくれると信じておるぞ」

「すぐに認めますとも。今まではヴェールの隅は上げられていたのに、仰る通りまた閉ざされてしまいました。教育や伝統や歴史によって身に染み込まされた華やかさを、心の中で眺めている方がましです。侮辱や憎しみをぶつけて来る国民にとって出来の悪い母でいるよりも、いつまでも王妃でい続けている自分を見ている方がましです」

「アントワネット!」ルイ十六世は、王妃の頬から見る見るうちに血の気が引いてゆくのを見て、ぎょっとして声をあげた。激情の発作が起こる前触れだった。

「誤解なさらないで下さい。お話しいたしますから」

「昂奮するでないぞ」

 国王は王妃に、目顔で医師の存在を知らせた。

「この人ならわたしの言うつもりのことなどすべてお見通しです……考えていることさえお見通しですから」ジルベールとの間に起こったことを、苦々しく思い出して言った。「どうしてわたしが我慢しなくてはならないのですか? 第一、この人を相談役に選んだのはわたしたちなのですから、何を恐れなくてはならないというのですか! ドイツ民謡に謡われている不幸な王子のように、あなたが運び去られ連れ去られているのは、わたしにもわかります……何処に向かってらっしゃるんですか?……わたしには何もわかりません。けれどあなたは離れてゆき、決して戻ってはいらっしゃらないんです!」

「それは違う。ただパリに行くだけだ」

 マリ=アントワネットは肩をすくめた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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