翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 34-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「秘密というわけか?」

「怯えている女の秘密に過ぎません」

「気まぐれではないのか?」

「気まぐれと仰りたいなら」

「絶対的原理というわけか!」

「その通りです。哲学だけでなく政治にもあっていいではありませんか? 政治的気まぐれを絶対的原理に引き上げるくらいのことは王族になら許されるのではありませんか?」

「いずれにしてもそうなるだろう。安心するがいい。余の方はもう終わった」国王が冗談めかして言った。「では明日」

「では明日」王妃は悲しげに答えた。

「先生は残った方がよいのかな?」

「まさか、結構です!」王妃の拒絶があまりに激しかったため、ジルベールが笑みを洩らしたほどだった。

「では連れて行くぞ」

 ジルベールは三たびマリ=アントワネットに頭を下げたが、今度の挨拶は王妃に対するものではなく一女性に対するものに近かった。

 国王が戸口に向かい、ジルベールがそれに続いた。

「どうやら」国王は回廊を渡りながら話しかけた。「そなたは王妃と仲がいいようだな、ジルベール殿」

「それも国王陛下のご厚意によるものです」

「国王万歳!」廷臣たちが声を限りに叫んだ。ルイ十六世が姿を見せた時にはとっくに控えの間に集まっていた。

「国王万歳!」中庭からも声が応えた。将校や外国兵たちが宮殿の押し寄せていた。

 歓声が大きく広がっているのを聞いて、ルイ十六世の心にかつて感じたことのない喜びが湧き起こった。幾度もこのような場面に立ち会っていながら、これほどまでの喜びを感じたことはなかった。

 一方、王妃は窓辺に坐ったまま、たったいま恐ろしい時を過ごしたその場所で、忠誠と愛情のこもった声援を国王が受け取っているのを聞いていた。やがて歓声は遠ざかり、柱廊の下や鬱蒼とした木陰に消えて行った。

「国王万歳!」王妃は呟いた。「そうよ、万歳。国王は末永く生きるの、汚らわしいパリよ、お前の思い通りにはならない。おぞましい渦を巻く血塗れの深淵も、生贄を飲み込むことなど出来はしない……わたしが奪い返してみせる、それもこのか弱くか細い腕で、今お前を脅かし、世界の憎悪と神の復讐を誓ってみせよう!」

 王妃の言葉からほとばしる激しい憎しみを見聞きしたならば、革命の怒れる友たちも必ずや怖気を震ったことであろう。王妃はパリの方角に腕を伸ばした。か弱い腕は鞘から抜かれた剣のようにレースの裾から光り輝いていた。

 それから王妃は信頼しているカンパン夫人(madame Campan)を呼び、小部屋の中に閉じ籠もると、誰にも扉を入らせないようにした。

 
 第34章おわり。第35章に続く。

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コメント

マトリョーシカさま

 ご挨拶遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
『アンジュ・ピトゥ』も全体の半分近くまで進みました。

> モンテ=クリスト城に行ってきました!
> 更に現在のRue Coq He'ronも見てきました。

 いいですね! デュマの住んでいたところと、アンドレたちが泊まっていたところですよね。憧れます。
【2016/01/09 11:12】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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