翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 35-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「どうしたのだ? 昨夜決めたことを延期したいとか取りやめたいとか言い出すのか?」

「決してそのようなことではありません」

「頼むからもう巫山戯るのはやめてくれ、真面目な問題なのだぞ。余はパリに行かねばならぬし、それを望んでおるのだ。もう後戻りは利かぬ。家の者たちには指示を出してあるし、一緒に来てもらう者たちは昨夜のうちに選んでおる」

「何も訴えるつもりはありませんが……」

「よいかね」国王は少しずつ感情を高めて勇気を出そうとした。「余がパリに向かうという情報はとうにパリの住民のところまで届いているはずだ。用意を整え、待ち受けていることだろう。ジルベールのご託宣によれば、このパリ行きによって人心に芽生えた好意的な感情も、場合によっては無惨な敵意に変えてしまうことになるのだ」

「けれど陛下、お言葉に異を唱えるつもりはありません。昨日諦めたのですもの、今日も諦めております」

「では先ほどの前置きは何だったのだ?」

「他意はありません」

「待ち給え。余の服装や予定の話をしたのは何故だ?」

「お洋服については大変結構だと思います」王妃は幾度と消えかけた笑みを保とうとした。放っておけばどんどんと暗くなってしまう。

「服装をどうして欲しいというのだ?」

「礼服を脱いでいただけますか」

「不適切かね? 紫の絹服だが。パリの民はこの恰好を見慣れておるし、余がこの色を身につけているのが好きなのだ。何より青綬によく映える。そなたもよく言っておったではないか」

「礼服の色については何の不満もありません」

「では何だ?」

「裏地です」

「またそうやって微笑んでたぶらかそうとしおって……裏地だと……冗談もたいがいにせぬか!……」

「冗談などではありません!」

「では上着を触ってみるがよい。それでも不満か? 白と銀のタフタだぞ、裏打ちにはそなたが自分で刺繍したではないか。上着」

「上着についてはもう何もございません」

「ひねくれ者め。気に入らぬのは胸飾りか? それとも刺繍の入ったバチストのシャツか? パリの町を見に行くのにお洒落をしてはならぬのか?」

 王妃の顔に苦い微笑みが浮かび、口唇に皺を寄せた。オーストリア女がこれほど謗られたのだ、怒りと憎しみの毒が回ったように下口唇が膨れ上がって前に突き出た。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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