翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 35-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 王妃がジレのホックを留めた。国王の身体がきゅっと引き締まり、袖付き部分が隠れた。金属が肌に当たっても痛くないように細い革紐で裏打ちされていた。

 このジレは胴鎧より長かったから、胴体全体を守ることが出来る。

 上から上着とシャツを着せると、ジレは完全に見えなくなった。身体の輪郭はさして変わらない。何の不自由もなく身動きすることが出来た。

「重くありませんか?」王妃がたずねた。

「いや」

「ほら見て、素敵じゃない?」王妃は手を叩いて、袖のボタンを留め終えたカンパン夫人にたずねた。

 カンパン夫人も王妃と同じように素直に喜びを見せた。

「わたしは王様を救ったんです!」王妃が声を出した。「この見えない鎧をお試しになって下さい。テーブルに置いて、ナイフで切りつけるなり弾丸で撃ち抜くなりなさって見て下さい。さあお試しになって!」

「ううむ」国王は疑わしげな声を出した。

「お試し下さい!」王妃は熱に浮かされたように繰り返した。

「面白そうだ。是非やってみよう」

「なさってみる必要はありません」

「何だと? そなたの傑作がどれだけ素晴らしいのかを証明する必要がないだと?」

「人間って何なんでしょう! ことは夫の命、フランスの救い主の命だというのに、無関係な赤の他人の証言を信用するとお思いですか?」

「だがアントワネット、そなたのしたことを考えれば、やはり信用したということでは……」

 王妃は魅力的な仕種で、しかし断固として首を振った。

「どうかおたずね下さい」王妃は同席している夫人を指さし、「ここにいるカンパン夫人に、わたしたちが今朝したことをおたずねになって下さい」

「何をしたというのだ?」国王が不思議そうにたずねた。

「今朝、と言いますか夜明け前に、わたしたちは気でも狂ったように侍女たちを遠ざけ、二人きりで夫人の部屋に籠りました。使用人棟の一番奥に位置するところです。そうそう、使用人たちは昨夜のうちにランブイエ(Rambouillet)の住まいに移動させました。わたしたちは計画を実行する前に、誰にも見られないかどうかを、しっかり確認いたしました」

「何だかぞくぞくするな。その二人のユディトは何を計画していたのかね?」

「ユディトはさほどのことはしていません。少なくともさほどの音は立てませんでした」王妃は言った。「その点を除けば、適切な喩えではないでしょうか。カンパン夫人がこの胸当ての入った袋を持っておりました。わたしは父のものだったドイツ製の長い狩猟用ナイフを手にしておりました。この刃で何頭もの猪を確実に仕留めたそうです」

「ユディトだ! 何処までもユディトではないか!」国王が笑い出した。

「いいえ、ユディトはあんなに重い拳銃を持ってはいませんでした。陛下の武器の中からわたしが取り出し、ヴェーバーに装填させた拳銃です」

「拳銃だと?」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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