翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 36-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ジルベールがお辞儀をしてから大階段を降りていると、国王から頼まれてジルベールを捜していた親衛隊副官と鉢合わせした。

 ジルベールはボーヴォー氏の四輪馬車に乗せられた。身許を明らかに出来なかったジルベールを国王の四輪馬車に乗せるのを式部長官が嫌ったのだ。

 ジルベールは自分が紋章付き馬車に自分一人きりで、ボーヴォー氏は馬に乗って国王の馬車に併走していることに気づいて、苦笑いを浮かべた。

 それから、王冠と紋章を戴いた馬車にこの自分が坐っているだなんてどれだけ滑稽なんだという気持になった。

 自虐から立ち直れないうちに、馬車に押し寄せる国民衛兵に囲まれていた。乗客を見ようと身を乗り出して囁いているのが聞こえて来る。

「ボーヴォー公だ!」

「違うよ」

「だったらこの紋章はどうなる」

「紋章……紋章……そんなの関係ない。紋章が何の証拠になる?」

「ボーヴォー公の紋章が馬車に付いているなら、ボーヴォー公が乗っているという証拠じゃないか」

「ボーヴォー公ってのは愛国者なの?」女がたずねた。

「はん!」

 ジルベールはまたも苦笑いした。

「それはともかく、この人はボーヴォー公じゃない。ボーヴォー公は太っているのに、この人は痩せている。ボーヴォー公は護衛隊司令官(commandant des gardes)の制服を着ているはずなのに、この人は黒い執事みたいな服装をしているじゃないか」

 不快な呟きが追い打ちをかける。ジルベールの人となりは、あまり誇らしいとは言えない執事という肩書きに傷つけられていた。

「馬鹿なこと言うもんじゃない!」大きな声がしてジルベールをはっとさせた。声を出した男が、腕を振り回して馬車まで人を掻き分けて来る。「ボーヴォー公でも執事でもない。勇敢で有名な愛国者だぞ。フランス一有名な愛国者と言ってもいい。ジルベールさん、ボーヴォー公の馬車でいったい全体何をなさってるんですか?」

「まさか、ビヨさんか、こんなところに!」

「好機は逃さないようにしてるんでね」

「ピトゥは?」ジルベールがたずねた。

「近くにいますよ。おいピトゥ、こっちだ。ほらおいで」

 するとピトゥが招きに応じてビヨのところまで肩で人込みを掻き分けると、ジルベールに恭しくお辞儀をした。

「お久しぶりです、ジルベールさん」

「元気かい、ピトゥ」

「ジルベール? 誰だそりゃ?」人込みから声があがる。

 ――これが栄光というものか! ジルベールは心中で思った。ヴィレル=コトレでは有名でも、パリでの知名度なんてこんなものさ!

 ジルベールは並足になった馬車から降りて、ビヨの腕を借りながら人込みの中を歩き続けた。

 そうしながら、ヴェルサイユ宮殿を訪れたことや、国王や国王一家から好意を得たことを、ビヨに向かって簡潔に物語った。こうしてしばらくの間、人込みの中で国王寄りの言葉を触れ回っていると、お人好しで感じやすいこの勇敢な者たちはあっさり感動してしまい、「国王万歳!」という歓声を長々と繰り返した。その声は次々と伝わってふくらみ、車中のルイ十六世の耳に大きく届くまでになった。

「この目で国王を見たいものだ」昂奮したビヨが言った。「近くから国王を見なくてはならん。そのためにここまで来たんだ。顔を見れば判断できる。信用できる人間かどうかは目に出るからな。近くまで行こうじゃありませんか、ジルベールさん」

「待って下さい、どうやら簡単に行きそうです」ジルベールが言った。「ボーヴォー氏の副官がこっちの誰かを捜している」

 なるほど馬に乗った軍人が、へとへとな癖して意気揚々とした群衆の中を、注意深く通り抜けながら、ジルベールが降りた馬車に近づこうとしていた。

 ジルベールが声をかけた。

「ジルベール医師をお捜しですか?」

「その通り」副官が答えた。

「だったら私です」

「そうでしたか。国王陛下の命により、ボーヴォー長官がお呼びです」

 その言葉が響き渡ると、ビヨは目を見開き、群衆は道を開いた。ジルベールは開いた道に飛び込み、ビヨとピトゥがそれに続いた。副官が先頭で繰り返している。

「道を開けてくれ、諸君。道を開けてくれ。人が通る。国王の御名に於いて、道を開けてくれ」

 やがてジルベールは、メロヴィング朝時代の牛のようにのろのろと進んでいた四輪馬車にたどり着いた。

 
 第37章に続く。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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