翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 40-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「そうかもしれませんけど、関係ありませんよ。フーロンだけじゃなくベルチエも逮捕できるんです。鼻をつき合わせて吊るしてやったら、二人とも醜い顔を見つめ合うことが出来るんじゃありませんか?」

「どうして吊るす必要があるんだ?」

「だって極悪人じゃありませんか、大っ嫌いです」

「ベルチエさんは農場を訪れていたんだぞ。イル=ド=フランスに仕事のある時には俺の家で牛乳を飲み、パリからカトリーヌに金の耳飾り(boucles d'or)を送ってくれたんだぞ。冗談じゃない! 吊るさせてたまるものか」

「そうですか」ピトゥは治まらなかった。「それこそ貴族だ、それこそごますりじゃないですか」

 ビヨは呆れたようにピトゥを見つめた。ビヨに見つめられて、ピトゥは思わず真っ赤になった。

 その時ビヨが、議論を終えて会議室(la salle)から執務室(son cabinet)に移動するバイイ氏に気づき、慌てて駆け寄り報せを伝えた。

 だが今度はビヨが疑いの目を向けられる番だった。

「フーロン? 大丈夫かね?」

「それがバイイさん、ここにいるピトゥが見たんです」

「この目で見たんです、市長さん」ピトゥが手を胸に当ててお辞儀をした。そしてたった今ビヨに話した話をバイイにも伝えた。

 するとバイイが顔色を変えた。事態がどれだけ大きいかに気づいたのだ。

「ここに連れて来るように指示した? アクローク氏が?」

「そうです」

「どうやって連れて来るつもりだ?」

「心配なさらないで下さい」ピトゥはバイイの不安の理由を勘違いしていた。「みんなで囚人を守っていますから、攫われたりはしませんよ」

「いっそ攫われて欲しいものだ」バイイが呟き、ピトゥにたずねた。

「みんな(Du monde)……とはどういう意味だね?」

「市民(du peuple)という意味です」

「市民?」

「二万人以上います。女の人は抜きにして」ピトゥは誇らしげに答えた。

「何てことだ! 諸君! 選挙人の諸君!」

 甲高い苦しげな声を聞いて、補佐人たちが集まった。

 話を聞いた者たちの口からは、ただただ驚愕と苦悶の叫びだけがあがった。

 恐ろしい沈黙が立ち込める中、遠くから、何とも言い難い茫々たる音が市庁舎まで聞こえて来始めた。脳の発作が起きた時に耳の奥で聞こえることもある、あの血液の囁きにも似ていた。

「何だあれは?」選挙人の一人が声をあげた。

「人だ! 人の声だ!」別の選挙人が応えた。

 その時、馬車が広場に慌ただしく乗り入れた。車内には武装した二人の男がいて、青ざめて震えている男が降りるのに手を貸していた。

 サン=ジャン率いる馬車の後ろからは、十代の若者が何十人も、血の気を引かせ瞳を燃やし追いかけて来ていた。

 若者たちは馬と変わらぬ速さで走りながら、「フーロン! フーロン!」と叫んでいる。

 だが二人の男は若者たちに先んじていたので、フーロンを市庁舎に押し込むだけの余裕があった。市庁舎の外でわめき立てられるしゃがれ声を尻目に扉が閉まった。

「ようやく着きました」二人は階段の上にいる選挙人たちに向かって言った。「それにしても大変でした」

「皆さん!」がくがくと震えているフーロンが叫んだ。「助けてくれますよね?」

「フーロンさん」バイイが溜息をついた。「あなたは大悪党なんですよ!」

「それでも」フーロンの動揺が大きくなった。「裁判で抗辯させてもらえるのでしょう?」

 その時、外の怒号がひときわ高くなった。

「早く匿うんだ」バイイが周りの人間に命じた。「さもないと……」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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