翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 41-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ビヨは窓からすべてを目にして叫んでいた。選挙人たちも衛兵を応援したが、もはやどうすることも出来なかった。

 ラファイエットは絶望に駆られて市庁舎から飛び出したが、街灯までの間に横たわる人波という巨大な湖を前にして、一歩を踏み出すことさえ適わなかった。

 もっとよく見ようとして里程標によじ登ったり、窓や出っ張りやその他つかまる場所があるなら何処にでもしがみついたりしている無責任な野次馬たちが、恐ろしい声をあげて、フーロンを連れ去る者たちの昂奮を掻き立てていた。

 連れ去った者たちは、獲物をもてあそぶ虎の群れのように、フーロンをもてあそんでいた。

 フーロンを巡って諍いが起こった。フーロンの最期を堪能したいのなら、死刑執行人の役目を分かち合うほかない。

 そうでもしなければバラバラになってしまうだろう。

 フーロンを引きずって来た者たちには、もはや叫ぶ力すら残っていなかった。

 だから別の者たちがタイをもぎ取り、服を引き裂き、首に綱をかけた。

 さらに別の者たちが街灯に上り、首にかけられた綱を街灯(le réverbère)から垂らして来た。

 すぐにフーロンは引っ張り上げられ、首の綱と後ろ手に縛られた手が見えた。

 魅入られた群衆が手を叩いて囃すと、それを合図にしたように、青ざめて死にかけた(sanglant)フーロンが街灯の横木(bras de fer de la lanterne)の高さまで引っ張り上げられた。死よりも恐ろしい野次が飛び交っている。

 それまでは何も見えなかった者たちにも、大衆の敵が頭上を舞っているのが見えた。

 またもや怒号が沸き起こった。今度の怒号は死刑執行人たちに対してだった。どうしてそんなにさっさと殺そうとするんだ?

 執行人たちは肩をすくめて綱を指さして見せた。

 綱は古く、ぼろぼろにほつれて見えた。フーロンが苦悶に身をよじったために、遂に最後の糸が切れた。綱が切れて、窒息しかかっていたフーロンが舗石に落ちた。

 拷問はまだ序盤でしかない。まだ死の入口に入ったばかりだ。

 人々は死刑囚に飛びかかった。もはや逃げることが出来ないのはわかっていた。落ちた時に脛の骨を折っていたからだ。

 ところが呪詛の声が幾つかあがった。状況を理解できない者たちが非難する呪詛の声だった。非難されているのは執行人たちだ。要領が悪いと思われたのだ。だが実際には古くて擦り切れた綱をわざわざ選んで、綱が切れることを狙っていた、極めて要領の良い者たちだった。

 事態を正しく進めることを狙っていたのである。

 綱に結び目が作られ、改めて瀕死のフーロンの首にかけられた。フーロンは目を血走らせ、声を嗄らし、あちこちに顔を向けた。文明社会の中心であるこの町に、助けに来てくれる人は誰かいやしないのか。国王の大臣だったうえに十万リーヴルの財産を持っているのだ、人食いの群れに風穴を開けようとする銃士の一人くらい(une des baïonnettes)いやしないのか。

 だが周りには誰もいない。あるのは憎悪と、悪罵と、死だけだった。

「せめて苦しませずに殺してくれ」たまらずフーロンが叫んだ。

「どうして俺たちが楽にさせてやると思うんだ? 俺たちのことはじっくり苦しませていたくせに」

「それに」と別の一人が言った。「刺草イラクサを消化するにはまだ早いんじゃないか?」

「慌てるなよ!」三人目が怒鳴った。「もうすぐ婿殿のベルチエを連れて来るからな。街灯の上でご対面だ」

「これから継父殿と婿殿がにらめっこをしているのを見られるんだな」また別の一人が言った。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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