翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 42-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ラファイエットは大急ぎで意見をまとめて、眠りかけていたベルチエに声をかけた。

「準備をしていただいても構いませんか?」

 ベルチエは溜息をついて肘を起こした。

「何の準備ですか?」

「大修道院(l'Abbaye)に移っていただくという結論に至ったのです」

「大修道院に? まあいいでしょう」ベルチエ知事は選挙人たちがまごついているのを見て、事情をすっかり理解した。「そうと決まれば、どの道この道、さっさと終わらせてしまいましょう」

 怒りの声がグレーヴ広場から湧き起こった。いつまでも抑えつけられていた不満が爆発したのだ。

「まずい。いま外に出すわけにはいかない」ラファイエットが制止の声をあげた。

 バイイは勇気をふるって胸の内で決意を固め、選挙人二人と広場に降り立ち、沈黙を命じた。

 暴徒たちはバイイの言わんとしていることなど聞かずともわかっていた。罪を重ねるつもりだったから譴責など聞く耳は持たなかった。バイイが口を開いた瞬間に、大きなどよめきが生じ、声が聞こえる前に声を掻き消した。

 バイイはただの一言すら声に出すのは叶わないと悟り、市庁舎に舞い戻った。その後ろから「ベルチエを出せ! ベルチエを出せ!」という声が追いかけて来た。

 やがてその声に割り込むように別の声が聞こえて来た。いずれもウェーバー(Weber)やマイヤベーア(Meyerbeer)作品の悪魔が詠唱中に聞かせる絶唱のような声だった。「街灯に吊るせ! 街灯に吊るせ!」【※ウェーバー(Weber)、マイアベーア(Meyerbeer)。いずれも18~19世紀ドイツのオペラ作曲家。本文中で言及されているのはそれぞれ『魔弾の射手』や『悪魔のロベール』のことか?】

 バイイが戻って来るのを見て、今度はラファイエットが飛び出した。若く意気に燃えた人気者なら。つい昨日まで人気のあった老人には手に入れられなかったものでも、ワシントンとネッケルの友人になら初めの一言で手に入れられるかもしれない。

 だが人民の将軍が暴徒の中に飛び込んだのも無駄だった。正義と人道の名に懸けて訴えたのも無駄だった。舵取りらしき者たちを見つけたというよりは見つけたように見せかけて、手を握って歩みを止めるよう呼びかけたのも無駄だった。

 言葉は一つも耳に届かず、行動も心には染み込まず、涙も目には映らなかった。

 ラファイエットはじりじりと押し戻されて、市庁舎の正面階段(le perron)に膝を突き、同胞という名の虎たちに向かって懇願した。自分の国を貶めないでくれ、自分のことを貶めないでくれ、法律の力で罰を与えて貶めを授けるべき罪人たちを殉教者に祭り上げてしまうのはやめてくれ。

 懇願しているうちにラファイエットを脅す者まで現れたが、ラファイエットは屈しなかった。猛り狂った拳が突き上げられ、腕が振り上げられた。

 ラファイエットが拳に向かって突き進むと、振り上げられていた腕は下げられた。

 だがラファイエットすら恫喝されるようなら、ベルチエなどは恫喝では済むまい。

 ラファイエットはバイイ同様すごすごと市庁舎に戻った。

 選挙人たちは皆、ラファイエットが嵐を前に無力だったところを目撃していた。最後の砦が落とされたのだ。

 こうなればもう、市庁舎の衛兵にベルチエを大修道院に連れて行かせるべきだ。

 それはつまり、ベルチエを死地に送り出すということだ。

「遂に来たか」方針が明らかになるとベルチエが言った。

 ベルチエは選挙人たちに蔑みの目を向けると、バイイとラファイエットに感謝の合図をして、ビヨに手を差し出してから、衛兵に挟まれるようにして立った。

 バイイが涙の滲んだ目を逸らし、ラファイエットは怒りに溢れた目を逸らした。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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