翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 42-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ベルチエは市庁舎の階段を、上った時と同じ足取りで降りた。

 ベルチエが正面階段に姿を見せた途端、広場から悪鬼のような咆吼が湧き起こり、足を置いていた石段すら震わせた。

 だがベルチエは気にも留めずに平然として、怒りに燃えた眼差しを見渡すと、肩をすくめてこう言った。

「おかしな人たちだ。何を騒いでいるんだ?」

 最後まで口にすることは出来なかった。ベルチエはもはや暴徒のものであった。石段の上の衛兵のところにまで、幾つもの腕が突き出された。衛兵を蹴散らしたその鉄の鉤に捕えられ、足をすくわれ、小突き回された。

 抗い難い力によって引きずり出されたのは、二時間前にフーロンがたどった血塗れの道だった。

 あの街灯の上に、綱を持った男が待機していた。

 だがそれとは別にベルチエにしがみついている男がいて、狂ったようになって、暴徒に拳と罵声を浴びせていた。

「離れろ! 殺させるもんか!」

 ビヨだった。追いつめられたビヨは、狂人のような馬鹿力を得ていた。

 ビヨが叫んだ。

「覚えていないか? 俺もバスチーユにいたんだ!」

 気づいた者たちもいて、攻撃の手が緩んだ。

 今度は別の方向に向かって叫んだ。

「裁判を開くんだ! 俺が責任を持つ。逃げるようなことがあれば、代わりに俺を吊るせばいい」

 哀れなビヨ、哀れな正直者! ベルチエと共に渦に呑み込まれ、羽根や藁のように竜巻に巻き上げられてしまった。

 状態もわからず、何も見えないまま、気づけば到着していた。

 衝撃は遅れてやって来た。

 ベルチエは後ろ向きに引きずられ、担がれていたので、歩みが止まったのに気づいて振り返って目を上げてみると、頭上には絞首索が揺れていた。

 ここで思いがけぬ力を出して羽交い締めから抜け出し、国民衛兵の小銃を奪って、銃剣で暴徒たちに立ち向かった。

 だがすぐに背後から殴り倒され、袋だたきにされてしまった。

 ビヨは暴徒たちの足許に埋もれていた。

 ベルチエには苦しむ間もなかった。幾つもの傷口から、血と魂が一斉に飛び立った。

 ビヨが目にしたのはこれまでに見たどんなものよりもさらにおぞましい光景だった。男が死体の胸に手を突っ込み、湯気の立つ心臓を抜き出していた。

 男は心臓を剣の先に刺し、歓呼する暴徒が開けた道を通って、選挙人が会議をしている大会議室の机に乗せようとした。

 さしもの鉄人ビヨもこれには耐えられず、街灯のそばにある境界石(une borne)の上にひっくり返った。

 ラファイエットは自分の権威が汚されたのを目にし、指揮していた、と思っていた革命が汚されたのを目の当たりにして、剣を折って人殺しどもの頭上に放り投げた。

 ピトゥはビヨを助けに向かい、腕に抱えて歩きながら耳許に囁いた。

「ビヨさん! 起きて下さい。気が遠くなっているところなんか見られたら、仲間だと思われて殺されてしまいますよ。そんなのいけません……立派な愛国者なんですから!」

 そう言うとピトゥはビヨを川の方へ引っ張って行った。ひそひそと言葉を交わしている暴徒の目を出来るだけ避けるようにしていた。

 
 第42章終わり。第43章に続く。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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