翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 43-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「同じフランス人だとは思っていないんだろう? 奪うだけ奪って何一つもたらさない貴族と司祭のことを、自分と同じ愛国者とは考えられないんだね?」

「考えられませんね」

「間違っているよ。君以上の愛国者なんだ。これから証明して見せよう」

「まさか。信じられませんね」

「特権があるからかい?」

「当然でしょうが」

「順を追って説明しよう」

「順を追って聴きますとも」

「では断言しよう。今から三日後には、フランスの特権階級の手からは何にもなくなってしまうよ」

「つまりボクのようになるのか」ピトゥがしみじみと口にした。

「そうだね、君のようになるんだ」

「どういうこってす?」ビヨがたずねた。

「説明しよう。利己的だと君が批判している貴族や聖職者も、フランスを席巻しつつある愛国熱に浮かされ始めているということだよ。今は地割れの縁に羊のように集まって話し合っているところだ。そのうち勇敢な者が裂け目を飛び越えるはずだ。明後日か、明日か、もしかすると今夜にも。そうなれば後は一人目に倣って全員が飛び越えるだろう」

「つまりどういうこってすか、ジルベールさん?」

「つまり特権を捨ててゆくということだよ。領主たちは村人を放り出し、地主たちは小作人も小作料も放り出し、貴族たちは鳩小屋に鳩を置いてゆくんだ」

「本当ですか?」ピトゥが目を丸くした。「本当に何もかも捨ててゆくとお考えですか?」

「待てよ?」ビヨが顔を輝かせた。「つまり自由になるってことじゃないか」

「自由! 自由になったら、どうしましょうね?」

「そうだな」ビヨは若干まごついたような顔をしてから答えた。「俺たちがどうするかって? そのうちわかるさ」

「最高の言葉だね」ジルベールが言った。「そのうちわかる、か」

 ジルベールは重苦しい顔つきをして立ち上がり、しばらく無言で歩き回った。それから怖くなるほど真剣な様子で、ビヨの節くれ立った手を握った。

「そうだね、そのうちわかる。そのうちわかるんだ。僕らは何もかも理解することになる。君も僕と同じく、僕も君と同じく、誰かと同じくね。さっき考えていたのはそういうことなんだ。冷静な僕を見て驚いていただろう」

「怖いことを仰いますね! みんなが一つになって抱き合い、寄り集まって、同じ幸せのために協力するって言うんですか。暗い顔をなさってるのはそのせいですか、ジルベールさん?」

 ジルベールは肩をすくめた。

「でしたら」とビヨが質問を始めた。「ご自分のことはどうお考えなんですか? 新しい世界に自由をもたらして古い世界ですべての準備を終えた今、気になるところがあるとすれば?」

「ビヨ、君は自分では気づきもしないうちに、謎々の答えを口にしたようだね。ラファイエットが口にしたその言葉を、ラファイエットを始めとして誰一人理解していないようだが、僕たちは新世界(Nouveau Monde)に自由を与えたんだ」

「あたしらフランス人がですか。そりゃ凄い」

「凄いことではあるが、高くつきそうだよ」ジルベールが悲しげに答えた。

「お金が使われたのも、賭け金が支払われたのも、結構じゃありませんか」ビヨは晴れやかに言った。「黄金が少し出て行き、たくさんの血が流され、借金が返されたんですから」

「わかってないな。盲人には夜明けの光に照らされても見えないんだ――破滅の種が――同じように何も見えていなかった僕が批判の声をあげているのはどうしてだと思う? 新世界に自由をもたらしたということはね、ビヨ――残念なことに――旧世界を失ったということだよ」

新シキ秩序ノ誕生Rerum novus nascitur ordo」ピトゥは驚くほど落ち着き払っていた。

「冷静に考えてみたまえ」ジルベールが言った。

「イギリスを押さえ込むのはフランスを鎮めるのより難しいってことですか?」ビヨがたずねた。

「新世界というのは、いわば真っさらな場所、何もない白紙なんだ。法律もない代わりに、悪習もない。思想もない代わりに、偏見もない。フランスには三万里四方に三千万人が住んでいる。土地を分け合おうと思ったら、わずかな土地しか揺りかごと墓に充てられない。その点、アメリカだと二十万里四方に三百万人だ。理想的なことに国境くにざかいには砂漠がある。海がある。つまり広大な土地がある。その二十万里の領土内に、千里にもわたる大河がある。人跡未踏の原生林がある。つまり生命、文明、未来を作り上げるだけのあらゆる要素があるんだ。簡単なことじゃないか、ビヨ。ラファイエットという名の剣に秀でた人間がいて、ワシントンという名の頭脳に秀でた人間がいるのだから、立ちはだかる森や土地や石や人の身体相手に、立ち向かうのは難しいことじゃない。だが築き上げるのではなく破壊するということは、挑むべき古い秩序の中で思想の壁が崩れてゆくのを見るということは、たくさんの人や欲望(intérêts)がその壁の瓦礫の後ろに逃げ込むのを見るということは、自分の思想を人にわからせるためその人たちを殺さなくてはならないのを見るということは、それを胸に留めている老人から胸に刻むはずの子供に至るまで、記憶という記念碑から直感という種子に至るまで抹殺しなくてはならないということは、地平線の向こうまで見渡せる人たちを震え上がらせるような行為だ。僕は遠くまで見えるから、震えているんだ、ビヨ」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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