アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「あたしはどうすればいいんでしょうね、ジルベールさん?」
「故郷や国や同胞や世界のために働きたいと思っているなら、ここに残るといい、ビヨ。金鎚を持って、世界のために雷を精製しているこのヴァルカン(ウルカヌス Vulcain)の鍛冶場で働き給え」
「人が殺されるのを見るためにここに残れと言うんですか? きっといつかはあたしも殺されてしまうというのに?」
「何を言ってるんだ?」ジルベールが弱々しい笑みを見せた。「きみが殺される? どういうことだい?」
「仰る通りにここに残ったとしますよね」ビヨは全身をわななかせていた。「そうすると街灯に綱が吊るされるのをいちばん初めに見ることになる。つまりあたしがいちばん初めにこの両手で吊るすことになるんです」
ジルベールが弱々しい笑みを最後まで結んで見せた。
「言いたいことはわかった。君も人殺しだ」
「ええ、兇悪な人殺しですよ」
「君はロスム(de Losme)やローネーやフレッセルやフーロンやベルチエが殺されるのを見て来たんだね?」
「そういうことです」
「みんなは何と糾弾して殺していた?」
「極悪人と」
「そうでした」ピトゥも言った。「極悪人だと非難していました」
「わかっている。でも正しいのは俺だ」ビヨが言った。
「君が吊るす側なら君が正しい。吊るされる側なら君の間違いになる」
ビヨはこの正論にうつむいたが、すぐに胸を張って顔を上げた。
「身を守る術もない人たちを、社会の名誉に守られて殺すような奴らを、あたしと同じフランス人だと仰るんですか?」
「それは別の話だ」ジルベールが答えた。「確かにフランスにはいろいろなフランス人がいる。まずはピトゥや君や僕のようなフランスの庶民。次にフランスの聖職者に、フランスの貴族。フランスにはこの三種類のフランス人がいて、それぞれの視点、つまりそれぞれの利害に応じた視点を持っているんだ。そのほかにまだフランス国王がいて、また別の見地に立っている。いいかいビヨ、いま言ったようなあらゆるフランス人がフランス人たろうとする様々な視点にこそ、真の革命があるんだ。君がある見地に立つフランス人であるとする。アベ・モーリー(l'abbé Maury)は君とは別の見地に立つフランス人だろうし、ミラボーはモーリーとは別の見地に立ったフランス人だろう。必然、国王はミラボーとは別の見地に立ったフランス人だろう。ビヨ、君は心正しく良識もある。どうやら君も僕が考えていた二つ目の問題に足を踏み入れたね。さあビヨ、これに目を通してもらえるかい」
ジルベールがビヨに印刷物を差し出した。
「何ですか?」ビヨは紙切れを受け取ってたずねた。
「読んでご覧」
「字が読めないのはご存じでしょう」
「だったらピトゥに読んでもらえばいい」
ピトゥが立ち上がって爪先立ち、ビヨの肩越しに覗き込んだ。
「フランス語じゃありませんね。ラテン語でもないし、ギリシア語でもありません」
「英語だよ」ジルベールが答えた。
「英語は読めません」ピトゥが胸を張って答えた。
「僕が読もう。今から紙の内容を翻訳するが、その前に署名を読んでくれないか」
「ピット」ピトゥが読み上げた。「ピットって何です?」
「説明するよ」ジルベールが答えた。
第43章終わり。第44章に続く。