翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 44-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「凄い人だな、チャタム卿って人は!」ビヨとピトゥが一斉に声をあげた。

「これが今問題になっている三十歳の青年の父親だよ。チャタム卿は七十歳で亡くなった。息子が父と同じ歳まで生きるとすれば、あと四十年はウィリアム・ピットと付き合わなくてはならない――ビヨ、これが僕らが相手にする人間なんだ。グレート・ブリテンを統治している人間、ラメット、ロシャンボー、ラファイエット(de Lameth, de Rochambeau, de Lafayette)の名を覚えている人間――今では国民議会全員の名前を頭に入れている人間だ。一七七八年の条約を結んだルイ十六世に死ぬほどの憎悪を誓った人間――フランスに装填された銃とふくらんだポケットのあるうちは自由に息も出来ない人間だ――わかって来たかい?」

「フランスを憎んでいるってことはわかりましたよ。実際その通りなんでしょうが、まだよくわかりませんね」

「ボクもです」とピトゥが言った。

「ではこの文章を読んでご覧」

 ジルベールはピトゥに紙を見せた。

「英語ですか?」

「『Don't mind the money.』」ジルベールが読み上げた。

「言葉はわかりましたけど意味はわかりません」ピトゥが言った。

「『お金の心配はするな』」ジルベールが答えた。「続けて同じことを繰り返している。

「『お金を惜しむなと伝えてくれ。報告は必要ない』」

「伝えられた奴らは武器を買ったんで?」ビヨがたずねた。

「いいや、賄賂を送ったんだ」

「そもそもこれは誰宛ての手紙なんですかね?」

「誰宛てでもあるし誰宛てでもないよ。このお金は与えられ、撒き散らされ、浪費されることになる。与えられるのは農民や、職人や、貧乏人、つまり僕らの革命を挫く可能性のある人たちだ」

 ビヨが顔を伏せた。今の言葉で多くのことに説明がついた。

「ビヨ、君だったら銃床でローネーを殴っていたかい?」

「いいえ」

「短銃でフレッセルを殺したりは?」

「いいえ」

「フーロンを吊るしたりは?」

「いいえ」

「ベルチエの血塗れの心臓を選挙人の机に運んだりは?」

「冗談じゃない! 相手がどんな罪人だろうと、この身を投げ打ってでも助けまさぁね。その証拠に、ベルチエを守ろうとして怪我をしたじゃありませんか。ピトゥが川岸まで引っ張り上げてくれなけりゃ……」

「本当ですよ、ボクがいなかったら、非道い目に遭っていたところですよ、ビヨさん」

「大概の人は、周りに助け合える仲間がいれば君と同じように振る舞うのに、悪い仲間の中に放り込まれると、辛辣で残忍になり、狂気に駆られてしまうんだ。それで悪事がおこなわれる時にはおこなわれてしまうんだよ」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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