翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 44-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「でもですよ」ビヨが異を唱えた。「ピットさんだかそのお金だかがフレッセルやフーロンやベルチエが死んだことに関係あるのだとしたら、いったいピットにはどういう得があるんですかね?」

 ジルベールが音もなく笑い出した。物を考えない人間ならそれを見て驚き、物を考えることの出来る人間なら怖気を震ったことだろう。

「何の得があるかというのかい?」

「そうですよ」

「こういうことだよ。君は革命に憧れているんだろう? 血の海を歩いてバスチーユを行ったくらいなんだから」

「ええ、憧れていましたよ」

「なるほどね、今は革命にうんざりしているのか。今はヴィレル=コトレが恋しいんだね。ピスルー(Pisseleux)や静かな野原や広い森蔭が懐かしいんだね」

涼ヤカナルてんぺ谷Frigida Tempe」とピトゥが呟いた。

「まったくその通りですよ」とビヨが言った。

「要するにビヨ、君こそ農民であり、地主であり、イル=ド=フランスの申し子であり、つまり由緒正しいフランス人であり、第三身分の代表であり、大衆の一員なのさ。その君が嫌気が差していると言うんだね?」

「否定はしません」

「だったらいずれ大衆も君と同じく嫌気を感じることになる」

「そうなるとどうなりますか」

「いつかブラウンシュヴァイク(monsieur de Brunswick)やピットの軍隊の手を借りることになるのだろう。二人ともフランスの解放者として、正当な大義(les saines doctrine)を取り戻してくれるはずだ」

「冗談じゃない!」

「落ち着き給え」

「フレッセルとベルチエとフーロンは結局のところは悪人でした」ピトゥが反論しようとした。

「サルチーヌやモープーが悪人だったようにかい? もっと前にはダルジャンソン(d'Argenson)やフィリッポー(Philippeaux)がそうだったように、ロー(Law)がそうだったように、デュヴェルネー(Duverney)やルブラン家(les Leblanc)やパリ家(les de Paris)がそうだったように。フーケ(Fouquet)もそうだし、マザラン(Mazarin)もそうだった。サンブランセー(Semblancey)やアンゲラン・ド・マリニー(Enguerrand de Marigny)が悪人だったように。ブリエンヌ(Brienne)がカロンヌ(Calonne)にとって悪人であるように、カロンヌがネッケルにとって悪人であるように、ネッケルがこれから二年大臣を務める人間にとって悪人になるようにかい?」

「でも先生」ビヨがぶつぶつと訴えた。「ネッケルさんは悪人じゃありません!」

「だけどビヨ、君もここにいるピトゥにとっての悪人になり得るんだぞ。ピットの手先が暴動のたびに酒の勢いと十フランに任せてピトゥに何らかの考えを吹き込むとしたらどうだ? この『悪人』という言葉はね、ビヨ、革命の世界では、自分とは違う考えの持ち主を差す言葉なんだ。僕らはほとんどの人を多かれ少なかれ悪人扱いして来た。郷里の墓に刻まれてからさらに先までその言葉を纏うことになる人たちもいるし、子孫がその表現を受け入れてなお遙か先まで纏うことになる人たちもいる。これが僕には見えて、君には見えないことなんだ。だからビヨ、誠実な人間は引き下がっちゃいけない」

「ふん!」ビヨが唸りをあげた。「誠実な人間が引き下がったところで、革命はそのままの勢いで進んで行きますよ。とっくに賽は投げられちまってるんだ」

 またもジルベールの口に笑みが浮かんだ。

「犂の柄から手を離すのかい? 犂から馬を外すのかい? 『俺がいなくても犂が勝手に耕してくれる』と言うつもりか? だけどね、ビヨ、今回の革命を起こしたのは誰だった? 誠実な人たちじゃなかったのかい?」

「フランスは誇っていいじゃありませんか。ラファイエットもバイイも誠実な人間だと思いますし、ネッケルさんも誠実な人間だと思う。エリーさんとユランさんも、マイヤール(Maillard)さんも、あたしと一緒に戦っていた人たちは、みんな誠実な人間だと思ってますよ。それにあなたのことだって……」

「いいかいビヨ、君や僕やマイヤールやユランやエリーやネッケルやバイイやラファイエットのような誠実な人間が、手を引いたとしたら、誰が行動を起こすんだ? さっき伝えた、ろくでなしや人殺しや悪人どもかい? ピット殿の手先の手先の……」

「答えて下さい、ビヨさん」ピトゥが何一つ疑いもせず訴えた。

「答えるともさ! 武装して、奴らを犬みたいに撃ち殺すでしょうな」

「誰が武装するって?」

「全員がでさぁ」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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