翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 44-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「ビヨ、ビヨ、一つ思い出してくれ。僕らが今おこなっているのは何だったっけ……僕らが今おこなっているものは何だったっけね、ビヨ?」

「政治ってもんでしょうな、ジルベールさん」

「政治的には絶対的な罪などないんだよ。悪い奴なのか誠実な奴なのかは、僕らを裁く人間の利益を損ねたのか満たしたのかによるんだ。僕らに悪人と呼ばれている人間だって、その罪状に対してもっともらしい理由を並べるだろうし、誠実な人間だってみんな直接間接を問わず犯された罪から利益を得るような立場になれば、悪人のことも誠実だと映るだろう。そこまで来ると注意が必要だ、ビヨ。これがつまり、犂の柄をつかむ人間と、引綱に繋がれた馬なんだ。犂は僕らがいなくても勝手に進んで行ってしまうのだ」

「ぞっとしますな。それにしてもあたしらなしで何処に行くんでしょう?」

「神のみぞ知るね。少なくとも僕にはわからない」

「博識なあなたがわからないっていうんなら、ジルベールさん、無智なあたしなんかがわかるはずもない。だから思ったんですがね……」

「どう思ったんだい、ビヨ?」

「ピトゥとあたしがすべきなのは、ピスルー(Pisseleux)に帰ることなんじゃないかって。また犂を使う生活に戻るんですよ。鉄と木で出来た本物の犂で、土地を耕すんです。肉と骨で出来たフランス人という名の犂で、荒馬みたいに地面を蹴るんじゃなく。血を流すのはやめて、麦を実らせます。自由に楽しく暮らします、自分の家のあるじとして。ねえジルベールさん、あたしは行き先を知りたいんですよ」

「だけどね、僕にだって自分が何処に行くのかはわからないよ、さっき言ったようにね。それは変わらない。だけどそれでも僕はいつだって先に進むし、進みたいと思っている。僕の務めは道筋をつけることだし、僕の命は神様のものだ。でもそれもこれも祖国に恩を返しているに過ぎない。良心が囁くんだ、『行け、ジルベール、正しい道を行け!』とね。それだけで充分だよ。間違った道を進めば、人からは罰せられるだろうけれど、神様はきっと赦してくれる」

「だけど正しい人が罰せられてしまうことだってあるでしょう。さっきそう仰ってたじゃありませんか」

「何度でも言うよ。何を言われたって変わらない。間違っていようと正しかろうと僕は止まらない。何が起こっても僕が無力だと明らかになることはない、そうなりたいという気持から神様が救ってくれた。でもそれよりもビヨ、神様は言ったんだ、『御心に適う人々に平和あれ』。だったら神に平和を約束された人間になればいい。ラファイエットを見給え、アメリカでもフランスでも、白馬を三頭も酷使しているうえに、三頭目を乗り潰すことも厭わない。バイイが肺を酷使しているのを見給え、国王が人気をすり減らしているのを見給え。さあビヨ、私情は捨てよう。自己犠牲の気持を持とう。僕と一緒に留まるんだ、ビヨ」

「何のために? どうせ悪いことを防げないんでしょう?」

「ビヨ、そんなことは二度と言うんじゃないぞ。でないと君がどういう人間なのか考え直さなきゃならん。フーロンやベルチエを助けようとして、蹴られたり殴られたり、銃床で押されたり銃剣で突かれたりしたんじゃなかったのか」

「ええ、いろんなことをされました」ビヨは痛みの残る四肢をさすった。

「ボクは目を潰されそうになりました」ピトゥも言った。

「そのすべてが無駄でしたよ」ビヨが結論づけた。

「そうかもしれないね。十も十五も二十もある君たちの勇気が、百も二百も三百もあったなら、不幸な人たちから死という運命を引き剥がせていたかもしれない。国民に汚点を残さずに済んだかもしれない。それが理由だよ。田舎に帰る必要はない、田舎は充分に平和なんだ。君に頼んでいるのはそれが理由なんだ。君の助けが必要となる場合に備えて、パリに残ってもらって、逞しい腕と正しい心をそばに置いておきたいんだ。君の良識と愛国心という試金石で、僕の考えと行動を試したいんだ。ありもしない黄金ではなく、祖国への愛と公共の利益を広めるために、僕の手足となって迷える人たちのそばにいて欲しいんだ、僕が足を滑らせた時の杖となり、ぶつ必要がある時の棒となって欲しいんだ」

「盲導犬ですね」ビヨが端的に応じた。

「その通り」ジルベールも同じように答えた。

「いいでしょう、わかりました。お望み通りのものになりますよ」

「財産も妻も子供も幸せも何もかも放り出すことになるんだぞ、ビヨ。でもそれも長いものじゃないから、そこは安心してくれていい」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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