翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 47-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 十月一日木曜日。この日の祝宴は残酷にも王権が先も読めず目も見えないという事実を歴史のページに刻むことになる。

 国王は狩りをおこなっていた。

 王妃は部屋に閉じ籠もり、悲嘆に暮れて物思いに沈んで、グラスのぶつかる音の一つもはじける声の一つも聞くまいとした。

 腕には息子を抱き、傍らにはアンドレがいた。二人の女が部屋の片隅で仕事をしている。これが周りにいる人間たちだった。

 羽根飾りときらめく剣を身につけたきらびやかな将校たちが、続々と宮殿に集まって来た。馬が厩舎でいななき、喇叭が鳴り響き、フランドル聯隊と親衛隊の楽音が一斉に空気を満たした。

 敷地の外では、くすんだ顔色の野次馬たちが暗い目を向け、ざわめきや楽曲に対して観察や分析や解説をおこなっていた。

 嵐のような風に吹かれて遠くから、開いた扉を通って歓談のざわめきと匂い立つ料理の湯気が漂っていた。

 こんな飢えた者たちに肉と酒の匂いを嗅がせ、陽気な者たちに歓喜と希望を喫わせるとは、考えが足りないと言わざるを得ない。

 だが祝宴は滞りなく進んでいた。まずは控えめに、軍服の下に敬意を満たした将校たちが、小声で言葉を交わしてちびちびと酒を飲んでいた。初めの十五分間は予定通りに進んでいた。

 二皿目が運ばれて来た。

 フランドル聯隊長(colonel du régiment)のリュジニャン氏(M. de Lusignan)が立ち上がり、四者の健康を願って乾杯の音頭を取った。国王と王妃と王太子と王家の四者だ。

 四人分の喝采が円天井まで届き、屋外まで擦り抜けて、待ちあぐんでいた野次馬たちの耳を打った。

 一人の将校が立ち上がった。恐らく智恵と勇気と、一連の出来事の結果を予想できるだけの判断力の持ち主であり、たったいま盛大に祝われていた王家を心から愛する者なのだろう。

 挙げられた祝杯の中に、忘れられているものがあることに思い至ったようだ。

 将校は国民(la Nation)の健康を願って乾杯を提案した。

 しばらく囁きが交わされた後で、一斉に声があがった。

「却下!」

 斯くして国民の健康は退けられた。

 斯くて祝宴は取るべき舵を取り、奔流は流れるべき傾斜を流れることとなった。

 祝杯を提案した将校が反対派の工作員なのではないか、という噂は今に至るまでなくなってはいない。

 いずれにしても先ほどの提案は痛ましい結果しか生まなかった。国民のことを忘れていただけなら見過ごされただろうが、侮辱したとあっては行き過ぎだったので、国民も声をあげた。

 この瞬間からまるで堰が切られ、控えめな沈黙に代わって喚声と放談が生じたように、慎み深さなど絵に描いた規律でしかなくなって、龍騎兵や擲弾兵やスイス百人隊や果ては宮殿の兵卒に至るまでがなだれ込んだ。

 酒が回され、何度となくグラスを満たしたかと思えば、出されたデザートが奪い合いになった。誰も彼もが酔っ払い、兵士たちも上官と酌み交わしていることを忘れていた。それこそ上も下もない宴会だった。

スポンサーサイト

コメント

Page Top▲

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

Page Top▲

トラックバック

Page Top▲

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 08 | 2017/09 | 10
    S M T W T F S
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年09月 (4)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH