翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 47-4

 至るところで「国王万歳!」「王妃万歳!」の声が聞こえた。幾百もの花と光と炎がきらびやかな穹窿を虹色に輝かせ、幾百もの喜ばしい思いで顔が照らされ、忠実な光がその顔から放たれていた。王妃にとっては目に麗しく、国王にとっては心安まる光景であったはずだ。

 ではどうしてこの不幸な国王と哀れな王妃はこの歓迎会に臨席しなかったのだろう?

 お節介な信奉者(serviteurs/partisans)たちがその場を離れてマリー=アントワネットの許へ走り、目にしたことを大げさに注進した。

 生気の消えていた王妃の目に光が戻り、王妃は身体を起こした。フランス人の心にもまだ忠誠心と愛情は残されていたのだ。

 つまりまだ希望はある。

 周囲を見回した王妃の目には悲嘆の色は薄かった。

 部屋の前を歩く人々の数が増えて来た。王妃の参列を求めている。二千人の歓声が君主制を祝福している宴会のさなかに顔を見せるだけで良いからと。

「国王陛下が不在ですから、わたし一人になってしまいます」王妃は残念そうに応じた。

「王太子殿下とご一緒下さい」おめでたい者たちは諦めなかった。

「どうかここにお留まり下さい」という声が王妃の耳に届いた。

 振り返って見ると、シャルニーだった。

「どうしたんです。この方々と下にいたのではないのですか?」

「戻って参りました。下は騒ぎが過ぎますがゆえ、想像以上に陛下のお心を苦しめてしまいます」

 その日のマリー=アントワネットはひねくれてわがままな気分だった。シャルニーの希望とは正反対のことをしたい気持があった。

 王妃はシャルニー伯爵に軽蔑の目を向け、心ない返事で傷つけてやろうとしたが、恭しい仕種で待ったをかけられた。

「どうか国王陛下に確認なさってからでお願いします」

 シャルニーが考えていたのは、時間を稼ごうということだった。

「国王陛下だ!」幾つかの声があがった。「陛下が狩りからお戻りになったぞ!」

 その通りだった。

 マリー=アントワネットは立ち上がって、まだ泥だらけの長靴を履いたままの国王を迎えに急いだ。

「陛下、下の様子をご覧下さい。あれこそフランス国王に相応しい光景です」

 王妃は国王の腕をつかんで連れ出した。怒りの爪を胸に仕舞い込んだシャルニーには見向きもしなかった。

 左手で息子の手を引き階段を降りた。廷臣の波にもまれて、オペラ劇場の戸口までたどり着くと、その日ちょうど何十回目かの、グラスの空けられる声が聞こえた。「国王万歳! 王妃万歳!」



 第47章終わり。第48章に続く

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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