翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 48-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第四十八章 歓迎会

 王妃と国王と王子が現れた瞬間、爆音のような歓声がボックス席のお座敷からオペラ劇場のホール上に届いた。

 酒に酔い乱れた兵士や将校が、帽子や剣を上げて叫んでいた。「国王万歳! 王妃万歳! 王太子万歳!」

 音楽が始まった。『リチャードよ! 我が王よ!』【※アンドレ・グレトリによるオペラ『リチャード獅子心王』(1784)より】

 曲に込められた意図は明白だった。全員の思いが詰め込まれ、宴席の気持を忠実に表現したこの曲が始まった瞬間、一斉に歌が始まった。

 王妃は昂奮していて、酔客ばかりのただ中にいることも忘れていた。国王は驚きながらも平素通りに分別を働かせて、自分の居場所はここにはないし理念からも外れていることをはっきりと感じていた。だが国王は弱い人間だった。とうに人心から離れていた人気と熱狂を取り戻したいという幻想を夢見て、その場に蔓延していた狂乱を少しずつ受け入れていた。

 水しか飲まずに宴を過ごしていたシャルニーは、王妃と国王の姿を見ると、顔色を変えて立ち上がった。国王夫妻のいない間にすべてが終わってくれれば、たいしたことにはなるまいと考えていた。国王と王妃が現にいる間は、何が起こっても何が否定されてもおかしくはない。

 ところが困ったことに、よりにもよって弟のジョルジュ・ド・シャルニーが王妃に近寄り、笑顔を返されて自信をつけたのか、言葉を掛けるのが見えた。

 声を聞くには離れすぎていたが、身振りから見て頼み事をしているのがわかった。

 頼み事を聞いた王妃がうなずいて、帽子についていた徽章(la cocarde)を外してジョルジュに手渡した。

 シャルニーは震え上がり、腕を伸ばして悲鳴をあげようとした。

 王妃がジョルジュ(son imprudent chevalier)に差し出したのは、フランスの国章である白い徽章ですらなかった。それは敵国オーストリアの国章である黒い徽章であった。

 たった今の王妃の行動は、軽率というより裏切りと言った方がいい。

 だがそれでも、神に見捨てられた哀れな狂信者たちは気持の高ぶるあまり、ジョルジュ・ド・シャルニーにその黒い徽章を見せられると、白い徽章を着けていた者たちはそれを放り投げ、三色の徽章を着けていた者たちはそれを踏みつけた。

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