翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 49-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ビヨとジルベールとピトゥの間で会話が交わされてから後のことである。ピトゥはセバスチャン=ジルベールと一緒にヴィレル=コトレに戻っていた。ビヨは言葉一つ、身振り一つ、合図一つでジルベールに従っていた。自分が体力ならジルベールが智力であることは自覚していたからだ。

 二人ともカフェを飛び出してパレ=ロワイヤルの庭園を斜めに突っ切り、フォンテーヌ広場(la cour des Fontaines)を横切ってサン=トノレ街までたどり着いた。

 中央市場(la Halle)のところまで来ると、一人の娘がブルドネ街から太鼓を叩きながら出て来るのが見えた。

 ジルベールは驚いて立ち止まった。

「何だあれは?」

「可愛い娘が太鼓を叩いてますね、たいしたもんだ」

「何か失くしてしまったんだろう」通行人が言った。

「顔色が悪いな」ビヨが言った。

「何が目的か尋いてみ給え」ジルベールが言った。

「お嬢さん、何だってまた太鼓を打ち鳴らしてるんで?」

「お腹が空いてるんです」か細いキーキー声が返って来た。

 そう言うと娘は太鼓を打ち鳴らしながら先へ進んでしまった。

 ジルベールには初めからわかっていた。

「とんでもないことになったな」

 太鼓を持つ娘の後ろからついて歩いている女たちに、ジルベールは目を注いだ。

 女たちは青ざめ、よろめき、死に物狂いだった。

 女たちの中には、三十時間にわたり何も口にしていない者もいた。

 時折り衰弱で差し迫った叫び声が洩れた。それはまさしく飢えた口から出た叫びにほかならなかった。

「ヴェルサイユに進め!」

 道々、家にいる女たちに合図を送り、窓から顔を出した女たちに声をかけた。

 馬車が通りかかった。馬車に乗っていた二人の貴婦人が、窓から顔を出して笑い声をあげた。

 女たちが立ち止まった。二十人ほどの女が窓に駆け寄って貴婦人二人を引きずり降ろし、抗議の声も気にせず取り囲んで何度か殴りつけると抵抗もしなくなりおとなしくなった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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