翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』50-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 バイイが現れると、「パンを! パンを!」「ヴェルサイユへ! ヴェルサイユへ!」という声が至るところで湧き起こった。

 人込みに揉まれて歩いていたラファイエットには、その波がますます高くなって自分を飲み込もうとしているのがわかった。

 人込みを掻いて馬までたどり着こうとして、波を掻いて岩までたどり着こうとする遭難者のように必死に進んだ。

 ようやくたどり着いて鞍に飛び乗ると、玄関に向かって馬を走らせようとした。だが市庁舎までの道は埋まっており、人の壁が押し寄せて来た。

「将軍殿!」その男たちが叫んだ。「俺たちと残るんだろう?」

 それと共に幾つもの声が繰り返した。「ヴェルサイユへ! ヴェルサイユへ!」

 ラファイエットは躊躇いを見せた。ヴェルサイユに向かえば確かに国王のために働くことが出来る。だがヴェルサイユに行けとけしかけている男たちを上手く指揮することが出来るだろうか? 自分さえ溺れかねないこの波に対して、自分が助かるためにも抗わなくてはならないこの波に対して、上手く御することが出来るだろうか?

 ちょうどこの時、一人の男が玄関の階段を降りて来た。足や手やとりわけ肘を上手く使って人込みを掻き分け、ラファイエットのところまで一通の手紙を運んで来た。

 この男こそ不撓不屈のビヨであった。

「三百人(des Trois-Cents)のところからです」

 これは選挙人の呼び名である。

 ラファイエットは封印を破って声に出さずに手紙を読もうとした。だが二万人の声が黙ってはいなかった。

「手紙を読むんだ!」

 やむなくラファイエットは声に出して手紙を読むことにして、静粛に、と合図を送った。するとまるで奇跡のように、あれだけの騒ぎがぴたりと静まった。一言も聞き洩らすまいとする静寂の中、ラファイエットは手紙を読み上げた。

 

『現在の状況及び市民の希望を鑑み、またそのヽヽ代表たる将軍司令官殿(monsieur le commandant général)にはそれに同意するほかないという事実に基づき、将軍殿に全権を委任すると共に、ヴェルサイユへの出向をも命ずることとする。

 市役員が四人、同伴のこと』

 哀れなラファイエットは選挙人たちの代表などでは断じてなかった。これから起こる出来事の責任の一端をラファイエットに負わせて内心喜んでいるような、そんな選挙人たちの代表などでは断じてない。だが国民は事実ラファイエットが代表なのだと信じていたし、将軍司令官が代表しているその意思が自分たちの願いと一致しているのだと信じて、「ラファイエット万歳!」と声をあげた。

 だからラファイエットは青ざめながら「ヴェルサイユへ!」と繰り返さざるを得なかった。

 一万五千人の男たちが静かに熱狂して後を追った。だが同時に、一足先に発っていた女たちの熱狂よりもさらに恐ろしい熱狂だった。

 この男女が皆ヴェルサイユで合流することになるのだ。十月一日から二日にかけてのどんちゃん騒ぎ(l'orgie)の間に国王護衛隊のテーブルから落ちたパン屑のことを、国王に質すために。

 
 
 第50章おわり。第51章に続く。

スポンサーサイト

コメント

Page Top▲

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

Page Top▲

トラックバック

Page Top▲

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 03 | 2017/04 | 05
    S M T W T F S
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 - - - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH