翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』54-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「伯爵夫人は十分前にお戻りになり、王妃陛下の控えの間で寝床を作らせていらっしゃいました」

 王妃は口唇を咬んだ。

 このシャルニー一家に務めから外れた態度を取られないためには何らかの形で一家のことに触れるだけで充分であった。

「ありがとう」王妃は首と手を淑やかに動かした。「王妃のために番をしていただき感謝します。わたしからだと言って兄上にも感謝を伝えて下さいますか、国王のために番をしていただいてありがとうと」

 そう言って王妃は部屋に戻った。控えの間にはアンドレが、横にならずに起きたまま恭しく待っていた。

 王妃は手を差し出さずにはいられなかった。

「いま義弟さんのジョルジュに感謝を伝えて来たところです。ジョルジュにはご夫君への感謝をお願いしておきました。今度はあたなに感謝を述べる番ですね」

 アンドレは深々とお辞儀をして、王妃に道を開けた。

 王妃は寝室に戻ったが、アンドレについて来いとは言わなかった。その尽くし方を見れば愛情が引いてしまったのはわかったが、その一方でどれだけ冷え切ってしまおうとも死ぬほど捧げられている献身ぶりに、居たたまれない気持になっていた。

 斯くして、先述の通り、朝の三時にはすべてが穏やかであった。

 ジルベールは十二時間馬に乗り続けて疲れ切っているラファイエットと宮殿を後にしていた。門のところに国民衛兵を連れたビヨがいた。ビヨはジルベールがヴェルサイユに向かったのを見て、ヴェルサイユでも役に立てると考えて、飼い主を追って来た犬のようにジルベールを追って来たのである。

 何度も言うように、三時にはすべてが穏やかであった。守衛(ses huissiers)の報告に安心した議会は解散していた。

 見込み違いであった。

 大革命に繋がる大衆運動というものには、中断期間というものがままある。すべてが終わり、これで安心して眠れると得てして世間は判断する。

 大きな誤りだ。

 初めに行動を起こした者たちの後ろには、それを待ち構えていた者たちがいた。初めに行動を起こした者たちが飽きたのか満足したのかいずれにしても、当初の目的を成し遂げて手を止めるのを、待ち構えていた者たちがいたのである。

 今度はそうした無名の者たち、即ち避けがたい情熱の実行者たちが、闇の中に潜り込み、放置されていた運動を再開させた。その運動は限界にまで突き動かされ、目覚めの喇叭となって、とうに道を譲っていた者たちを驚かせた。道は完成し、目的は達成されたと考えて、道の半ばで眠りに就いていた者たちを驚かせた。

 今回の恐ろしい夜のさなかには二つの衝動が存在していた。それぞれヴェルサイユにやって来た二つの集団からもたらされたものであり、一つは夕方に、一つは夜間にもたらされた。

 一つ目の衝動は飢えから生まれたものゆえ、求められたのはパンであった。

 二つ目の衝動は憎しみから生まれたものゆえ、求められたのは復讐であった。

 一つ目の集団を率いていたのが誰であるかは先刻ご承知の通りである。マイヤールとラファイエットだ。

 では二つ目を率いていたのは誰か? 歴史には誰の名も刻まれていない。だが歴史に代わり巷説の伝えるところによれば、その名は――

 マラー!

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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