翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』54-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 マラーのことは既にご存じのはずだ。マリー=アントワネットの婚礼を祝した夜、ルイ十五世広場で人間の足を切り刻んでいるのをご覧になっているはずだ。市庁舎広場で市民たちをバスチーユ広場にけしかけたのもご覧に入れたはずだ。

 そして今、牧羊場の周りを這い回り、羊飼いが眠るのを待って血塗れの蛮行を犯そうとする狼のように、夜の闇に潜り込んだのをご覧になったはずだ。

 それからヴェリエール!(Verrière !)

 ヴェリエールの名をご覧に入れるのはこれが初めてである。一言で言えば、大きすぎる足の上に乗っかった痩せた小男、醜い傴僂せむしである。社会の底辺を掻き回して来た嵐のたびに、この残虐な小人は、泡を吹いて社会の表面に浮かび上がり動き回っていた。激動の時代には何度かパリに侵入しているのを見かけられた。その姿はさながら黒い馬の背にうずくまる黙示録の騎士のようでもあり、カロ(Jacques Callot、1592-1635。版画家)の手になる聖アントニウスを誘惑する悪魔のようでもあった。

 ある時にはクラブのテーブルの上でダントンを攻撃し、脅し、非難した。後に九月二日の演説で知られるダントンの人気が揺らぎ始めたのはこの頃であった。その毒のある攻撃に対して、忌まわしい蛇の頭を鼻先にした獅子が最期を覚悟するように、ダントンは最期を覚悟した。ダントンは武器や支えがないかと周りを見回した。幸いなことにほかにも傴僂がいた。すぐに傴僂の脇の下に手を入れてテーブルまで持ち上げ、ヴェリエールの正面に乗せた。

「さあ、こちらの紳士に応えてやり給え。発言を許可する」

 笑いが巻き起こり、ダントンは逃げおおせた。

 少なくとも今回は。

 さて巷説の伝えるところによれば、マラーとヴェリエールだけではない。

 デギヨン公だ。

 デギヨン公。即ち典型的な王妃の敵の一人である。

 女の恰好をしたデギヨン公だ。

 誰がそう言っているのか? あらゆる人間が。

 アベ・ドリルとアベ・モーリー、この二人の修道院長にはほとんど共通点はない。

 かの詩を作ったのが前者である。

『男の時には卑劣漢、女の時には人殺し』

 アベ・モーリーにはまた別の話がある。

 これまでお話しして来た出来事の二週間後、フイヤン修道会のテラスでモーリーを見かけたデギヨン公が近寄って話しかけようとした。

「こっちに来ないでくれ、あばずれ」

 アベ・モーリーはそう言って威厳たっぷりに立ち去った。

 とまれこの三人がヴェルサイユに到着したのは朝の四時頃だったと伝えられている。

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