翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』56-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「そうかもしれません。でもあたしは終わりですよ。小麦は腐っちまいましたし、畑は荒れたまんまです。愛する家族もいます。この子の家族の悲しみを思えば、遺体を見たせいでいっそう家族への思いが強くなりました」

「何が言いたいんだ? 同情を期待しているのかい?」

「まさか」ビヨは底意なく答えた。「ただね、苦しんでるから愚痴も出るし、愚痴ったところでどうにもならないからあたしなりのやり方で楽になろうと思ってるんです」

「つまり……?」

「つまり農民に戻りたいんです」

「また?」

「ねえジルベールさん、向こうからあたしを呼ぶ声がするんですよ」

「ビヨ、そいつは敵前逃亡をそそのかす声だぞ」

「敵前逃亡も何も、あたしは軍人じゃありません」

「君がやろうとしていることは、軍人とは違った意味で敵前逃亡の罪に当たらないのか?」

「どういうことですかね?」

「パリに来たのは破壊のためなのに、いざ建物が崩壊したら逃げ出そうとしてるじゃないか?」

「仲間を下敷きにしたくありませんから」

「案外、自分が下敷きになりたくないんじゃないのか」

「自分の身を案じちゃいけないって法もないでしょうに」

「賢明だね。石が転がらずとも、或いは転がった石に押し潰されることがなかろうとも、どんなに離れていようと逃げ出す臆病者がいるらしい」

「あたしは臆病者じゃありませんよ」

「だったら残り給え、ビヨ。ここには君が必要なんだ」

「あっちには家族が待ってるんで」

「ビヨ、君とは同意見だと思っていたんだがなあ。祖国を愛する人間には家族などない」

「あそこにいるのが息子さんのセバスチャンだったとしても、同じことを言えますかね?」

 ビヨはそう言って死体を指さした。

「ビヨ」ジルベールは動じなかった。「あの死体のように、いつかはセバスチャンの死体を目にする日だって来る」

「その日が来てもあなたみたいに冷静でいられたらあの子にとっちゃ災難ですね」

「僕を越えてくれるものと願っているよ。今よりもっと強くなる。しっかりと見本を見せてやるつもりだからね」

「流血に慣れさせてでもおくつもりですか。若いうちに戦火や縛り首や暴動や夜襲に慣れさせ、王妃を罵り国王を脅かすのを見慣れさせておこうってことですかね。そうしてあの子がいずれ剣のように固く冷たくなった時には、愛しもすれば尊敬もしてくれるだろうとお考えですか?」

スポンサーサイト

コメント

Page Top▲

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

Page Top▲

トラックバック

Page Top▲

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 09 | 2017/10 | 11
    S M T W T F S
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年10月 (2)
  • 2017年09月 (5)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH