翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』57-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 もっとも、セバスチャンを連れて帰ることには自分でも自信があった。通り過ぎる村々には、パリの一件からこっち動揺と恐怖が満ちていたが、ピトゥは落ち着いて旅を続けていた。パリの一件がつい先日のことだったのを思い出されたし。何しろ、十月五日と六日の出来事まで物語を進めてしまっていたが、ピトゥとセバスチャンがパリを離れたのは七月終わりか八月初め頃だった、ということを思い出していただきたい。

 しかもピトゥは兜を帽子にし、大刀を護身具にしていた。七月十三日と十四日に手に入れたものはそれだけだったが、目的を叶えるためには戦利品はその二つで充分だった。それに恐ろしげな雰囲気が醸し出されていたので、身の安全のためにもそれで充分だった。

 もっとも、兜と龍騎兵刀の存在が恐ろしげな雰囲気に一役買っていたのは間違いないところだが、それに加えてピトゥ自身の力でもあった。バスチーユ襲撃に参加したからには、たとい協力しただけに留まっていたにしても、雄々しさが身についていないわけがなかった。

 さらに言うならピトゥはいっぱしの辯士にもなっていた。

 市庁舎の発議やバイイの演説やラファイエットの演説を聴いたからには、いっぱしの演説家にならないわけがない。ましてやラテン語の説教集les Concionesを既に学んでいたのだ。フランスの辯論術は十八世紀の終わりにはかなり色褪せていたとはいえまだまだ正確な原形を保っていた。

 逞しい両の拳や比類なく柔和な微笑みや驚異的な食欲に加えて、この二つの強固な力を備えることの出来たピトゥは、ヴィレル=コトレへの道のりを悠々と旅していた。

 ピトゥは政治に関心のある人たちに話せるような情報を携えていたし、請われればいつでもそれを伝えていた。何しろこの時代を境に政治情報の主要な製造元となるパリで暮らしていたのだ。

 ピトゥは語った。ベルチエ氏が莫大な埋蔵金を残していたことや、革命政府が何日かかけて掘り出すはずだということ。栄光の象徴でありフランス片田舎の誇りであるラファイエット氏がパリではもはやおんぼろの人形に過ぎないことや、ラファイエットの乗る白馬が地口のネタになっていたこと。ラファイエットが家族も同然の深い友情を注いでいるバイイ氏が、貴族政治主義者であったどころか、口の悪い者たちからはさらにひどいことを言われていること。

 こうしたことをピトゥが物語ると、怒りの嵐が巻き起こったが、ピトゥには暴風雨を黙らせるquos egoすべがあった。ピトゥはオーストリア女の知られざる逸話を話して聞かせた。

 巧みな話術のおかげで、ヴィレル=コトレの直前にあるヴォシエンヌ(Vauciennnes)の村までずっと、食事には事欠かなかった。

 セバスチャンはピトゥとは対照的に、ほとんど或いはまったく食べなかったし、まったくしゃべらなかった。それになまっちろい子供だったので、セバスチャンを見た人々は、ピトゥが父親のように愛情深く大事に世話しているのを感心して見ていた。それにまたピトゥの食べ方が、快適になれる機会を逃すまいとしているようにしか見えないことに感心していた。

 ヴォシエンヌまで来ると、ピトゥは躊躇うようにセバスチャンと見つめ合った。

 ピトゥが頭を掻いた。困惑している印だ。

 当然ながらセバスチャンはピトゥのこの癖を知っていた。

「ピトゥ、どうしたんだ?」

「もしよければだけれど、それにあまり疲れていないのならだけれど、このまま真っ直ぐには進まずに、アラモン(Haramont)に寄ってからヴィレル=コトレに帰りたいんです」

 うぶなピトゥは真っ赤になって希望を口にした。カトリーヌがあまり無邪気とは言えない希望を口にした時のように。

 セバスチャンはすぐに察した。

「そうか、ピトゥの母さんが亡くなったところだね」

「では行きましょう」

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