アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「王様は?」ビヨ夫人がたずねた。
ピトゥは首を横に振って、国王には屈辱的なことに舌打ちをした。
「お后様は?」
今度は返答すらしなかった。
「そうなのかい!」ビヨ夫人が声をあげた。
「そうなのか!」居合わせた人々も同じく声をあげた。
「いろいろ話しておくれ」ビヨ夫人が改めてピトゥに言った。
「何でも聞いて下さい」ピトゥは注目を浴びるような話をカトリーヌのいないところで口にしたくはなかった。
「何で兜をかぶってるんだい?」ビヨ夫人がたずねた。
「戦利品です」
「戦利品?」
「そうなんです」ピトゥは大人が子供に説明して聞かせる時のような笑みを見せた。「ご存じないかもしれませんが、戦利品っていうのは敵を倒した時のものです」
「あんたが敵の一人を倒したっていうのかい?」
「一人ですって?」ピトゥが教え諭すように言った。「そうかビヨおばさんは知らないんですもんね、バスチーユを占拠したのはボクたち二人、ビヨさんとボクなんです」
その言葉を聞いた者たちは魔法に打たれたようになった。昂奮した人々の息がピトゥの髪にかかり、椅子の背に何人もの手が掛けられた。
「話しとくれよ、うちの人のことを」ビヨ夫人が誇りと不安の入り混じった声を出した。
ピトゥはカトリーヌが戻ってやしないかと改めて確かめたが、まだ姿はない。
こうしてピトゥが最新の情報を持ち帰っているというのに、洗濯物から離れないでいるとは許しがたい。
ピトゥは首を振った。不機嫌になりかけていた。
「話すのにはだいぶ時間がかかります」
「お腹が空いてる?」
「そうですね」
「水は?」
「いただけますか」
馬丁や下男下女がすぐに行動に移った。ピトゥの頼みを考えて理解するよりも先に、水差しやパンや肉やあらゆる果物をピトゥに届けていた。
現地の言い方に倣うならば、ピトゥは熱い胃袋を持っていた。つまりどれだけ食べても消化できた。だがいくら消化が早くとも、アンジェリク伯母の鶏肉を消化しきるのには早すぎた。まだ三十分も経っていない。
望みが叶えられるのに思ったほど時間がかからなかったせいだ。それだけ食べ物の出て来るのが早かった。
これは頑張らねばならないとわかり、ピトゥは食事に取りかかった。
だが気持だけは強かったものの、すぐに手は止まってしまった。
「どうしたんだい?」ビヨ夫人がたずねた。
「おばさん、実は……」
「飲み物を持って来ておくれ」
「林檎酒がありますから」
「でもきっとブランデーの方がいいんだろうね?」
「ブランデー?」
「パリではしょっちゅう飲んでたんだろう?」
無邪気なビヨ夫人と来たら、ピトゥが地元を離れていた十二日の間に悪習を身につけて来たと考えていたのだ。
ピトゥは胸を張ってそんな勘ぐりを退けた。
「ブランデーなんて飲みません!」