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翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』59-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ファン・オスターデ(Van Ostade)やブラウエル(Brauwer)の絵画に描かれたフランドル人のように、カトリーヌはだらだらと階段を降りて来た。【※Adriaen Van Ostade(1610-1685)、フランドルの画家。Adriaen Brauwer(1605-1638)、フランドルの画家。いずれも同門でオランダの農民の日常を描いた画家であり、flegme という作風ではない。】

「あら、ピトゥじゃない」一階に降りたカトリーヌが声をあげた。

 ピトゥが顔を赤らめて身体を震わせ、お辞儀した。

「兜をかぶってたんですよ」女中がカトリーヌに耳打ちした。

 その言葉を聞いたピトゥは、反応を確かめようとしてカトリーヌの顔を窺った。

 愛らしい顔が若干青ざめはしたものの、相変わらずふくよかでつやつやとしていた。

 だがピトゥの兜に対してはまるっきり感心した様子は見せなかった。

「兜? 何で?」

 今回ピトゥの胸に渦巻いたのは憤りの感情だった。

「兜と刀を持ってるのは――」ピトゥは胸を張って答えた。「どうしてかと言うと、龍騎兵やスイス人衛兵と戦い、やっつけたからです。お疑いならお父上に聞いてみて下さい。簡単なことです」

 何かに気を取られているようなカトリーヌの耳に届いたのは、ピトゥの返事の終盤だけのようだった。

「パパはどうしたの? どうして一緒に帰って来てないの? パリはいま非道い状態なの?」

「とても非道い状態です」

「全部うまく行っていると思っていたのに」

「うまく行きました。でも何もかもが混乱しているんです」

「国民と王様の話はまとまらなかったの? ネッケルさんは復帰しなかったの?」

「ネッケルさんのことは順調に行ってます」ピトゥは誇らしげに答えた。

「それでもみんな納得しなかったの?」

「納得したからこそ、復讐に励んで敵対者を殺しているところなんです」

「敵対者?」カトリーヌが驚きの声をあげた。「誰が国民(peuple)の敵だっていうの?」

「そりゃ貴族のことですよ」

 カトリーヌの顔から血の気が引いた。

「どんな人が貴族だというの?」

「決まってるじゃないですか。広い土地を持っていて――立派な城館を持っていて――国民(nation)を飢えさせて――ボクらは何も持っていないのに何でも持っている人たちのことです」

「ほかには?」カトリーヌが急かした。

「ボクらが歩いているというのに立派な馬と立派な馬車を持っている人たちです」

「そうなんだ」カトリーヌの顔色は土気色にまで変わっていた。

 ピトゥも顔色の変化に気づいた。

「あなたたちの知り合いも貴族ですよ」

「わたしの知り合いが?」

「あたしたちの知り合いが?」ビヨ夫人も声をあげた。

「誰のことよ?」カトリーヌが問いただした。

「例えばベルチエ・ド・ソーヴィニーさんです」

「ベルチエ・ド・ソーヴィニーさんが?」

「イジドールさんとダンスした日につけていた金の耳飾り(les boucles d'or)をくれたじゃありませんか」

「それで?」

「心臓を食べられているのを見ました。ボクのこの目で」

 恐怖の絶叫がほとばしり、カトリーヌが坐っていた椅子に崩れ落ちた。

「実際に見たのかい?」ビヨ夫人が恐ろしさに震えながらたずねた。

「ビヨさんも見ました」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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