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翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』60-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 カトリーヌは女の鋭さでピトゥが落胆していることを見抜いた。

「パリの女の子たちは男の子を連れて歩くようなふしだらな真似をしてたの?」

「でもあなたは女の子じゃありません。一家のあるじなんですから」

「もういいだろ?」ビヨ夫人が割って入った。「一家の主にはやらなきゃならないことがあるからね。おいで、カトリーヌ。お父さんの指示通り、あんたに家を任せようじゃないか」

 そうして身動きも出来ずに唖然としているピトゥの目の前で、質素とはいえ厳かで趣のある儀式が始まった。

 ビヨ夫人が鍵束から鍵を一つずつカトリーヌに手渡し、衣類と酒と備品と食料の帳簿を預けた。それから一七三八か四〇製の寄木細工の抽斗付き机の前まで連れて行った。その鍵の掛かった抽斗の中に、ビヨ氏が仕舞っていた書類や金貨や財産や家族の記録があった。

 カトリーヌはにこりともせず家の実権と秘密を譲り受けた。如才なく質問をおこない、返答についてじっくりと考えた。受け取った情報を、戦いに備えて武器を仕舞い込んでおくように、記憶と理性の奥深くに仕舞い込んでいるように見えた。

 ビヨ夫人は身のまわり品の確認を終えると、次にしっかりと数の管理されている家畜に移った。

 羊は健康かどうか。それに子羊、山羊、雌鶏、鳩、馬、牡牛、乳牛。

 だがそれも型通りのものに過ぎなかった。

 カトリーヌは家畜の世話ならもう何年もおこなって来た。いっぱしの専門家だった。

 カトリーヌほどビヨ家の動物と親しい者はいまい。鶏は餌を求めて鳴き、子羊はひと月も経てば懐き、仲良くなった鳩が周りを取り囲んで円を描いて飛んだり、夢うつつの熊のように行き来して足許に挨拶してから肩にとまったりすることもよくあった。

 馬はカトリーヌが近づくといなないた。悍馬をなだめられる?のはカトリーヌだけだった。子馬の頃からビヨ家の農場で育てられ、今や手のつけられない種馬になった一頭などは、カトリーヌの手やポケットの中に固くなったパンくずが入っているのを承知しているものだから、パンくずを探そうとして厩舎の中でよく暴れ回っていた。

 カトリーヌほど美しい者はいなかったし、金色の髪、青い瞳、白い首筋、ぽってりとした腕、ふくよかな手をしたカトリーヌが、種や殻だらけの前掛けをして、水たまりのそばの綺麗な場所から、硝石を吹いて踏み固められた地面に撒き散らされた殻粒を踏み鳴らして近づいて来れば、喜びを見せぬものなどなかった。

 そんなわけだから、放し飼いにされたひよこや鳩や子羊が水たまりのそばから殺到すると、餌をつつく嘴で地面が彩られ、燕麦や蕎麦を舐める山羊の赤い舌がかりかりと音を立てた。餌が撒かれて黒くなっていた場所は、瞬く間に白い空間に変わっていた。刈入れ人夫が食事を終えた後の陶器の皿のようだった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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