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翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』61-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 半里以上走るとカトリーヌが見えた。カトリーヌに四半里走るいとまも与えず半里を平らげたことになる。

 実にトロットで走る馬の二倍の速さであった。

 いよいよカトリーヌと並んだことになる。

 もはや森の外れまで五百歩もない。木々の合間から見えるその先こそ、ブルソンヌだ。

 カトリーヌが立ち止まり、ピトゥも立ち止まった。

 もうそろそろ息が続かないところだった。

 ここからはピトゥがカトリーヌを追うのはその姿を見失わないためではない。一挙手一投足を見張るためだ。

 カトリーヌは嘘をついた。その目的は?

 構うまい。カトリーヌに見くびられないためには、嘘の現場を押さえる必要がある。

 ピトゥは羊歯と荊の中に顔を伏せ、兜で押し分け、時に応じて剣を用いた。

 だがその頃にはカトリーヌも馬を並足で走らせていたので、何度か枝の折れる音を聞いて馬もカトリーヌも耳をそばだたせていた。

 そうした事情もあり、カトリーヌを見失う心配がないこともあり、ピトゥは立ち止まって一息つくことにした。不審も雲散していた。

 だがそんなものは長く続くものではないし、事実まったく長続きしなかった。

 突然カトリーヌの馬がいななく声が聞こえ、それに別のいななきが応えた。

 二頭目の馬の姿はまだ見えない。

 だがいずれにしても、カトリーヌがカデ(Cadet)に柊の鞭を呉れると、カデは一息喘いでからまたトロットで駆け出した。

 そのおかげで五分後にはカトリーヌの目の前に馬に乗った男が姿を現した。その男もカトリーヌに負けぬほど息せき切って馬を走らせて来たようだ。

 あまりに突然の出来事だったため、ピトゥは為すすべもなく同じ場所に立ち尽くしたまま、もっと遠くまで見ようと爪先立つくらいしか出来なかった。

 それでも見ようとするには遠すぎた。

 だがはっきりとは見えなくとも、感電したようにピトゥを打ちのめしたのは、嬉しそうに赤らめたカトリーヌの顔色であり、震えて揺れ動いた身体であり、普段とは違い甘く輝いていた瞳のきらめきであった。

 馬上の人物が何者であるのか顔立ちを見分けられるほどではなかったが、その風采には見覚えがあった。緑の天鵞絨で出来た狩猟用外套、太い飾り紐のついた帽子、上流階級に相応しいゆとりのある優雅な佇まいの頭。いずれを取ってみても、ヴィレル=コトレのポームの名手、ダンスの名手のことを考えぬわけにはいかなかった。ピトゥの心と口と組織という組織が一斉に震え、イジドール・ド・シャルニーの名を呟いていた。

 確かにイジドールその人だ。

 ピトゥは唸るような溜息をついて藪の中に舞い戻ると、二人から二十歩ほど離れたところまで移動した。物音を立てたのが動物なのか人間なのか気にも留めぬほど、二人は夢中になっていた。

 それでも男の方はピトゥのいる方向を向いて、馬上で首を伸ばし、辺りに不審の目を向けた。

 ピトゥはその目を逃れるため咄嗟に腹ばいになり頭を地面に擦りつけた。

 それから蛇のように十歩ほど這いずって、声の聞こえるところまで移動して耳をそばだたせた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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