翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』62-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 斯くして、前日ソワッソン街のフォルチエ神父の家からプリューのアンジェリク伯母の家までピトゥにまとわりついていたヴィレル=コトレの住人たちは、歓迎を続けたくてヴィレル=コトレからアラモンまでついて行くことに決めたのだった。

 その決意が実行されているのを目にして、前述したアラモンの住人たちもピトゥの真価に気づき始めた。

 なるほど大地は種が蒔かれるのを待っているとはよく言ったものである。ピトゥが通った後には、通り過ぎたのがあっと言う間だったとしても、住人たちの心に跡を残した。兜と剣はきらびやかに輝いた状態で目撃者たちの記憶に刻まれた。

 その結果アラモンの住人たちは、戻って来るとは思わなかったピトゥが戻って来たことに気をよくして、ありとあらゆる形の敬意を払ってピトゥを取り囲み、武器を降ろして広場に影を落としている四本の菩提樹の下にテントを設えたらどうかと提案した。マルス(Mars)が戦勝の記念にテッサリア(Thessalie)でお願いされた時のようであった。【※マルスの故事については不詳。】

 ピトゥはアラモンに腰を据えるつもりだったので、そのお窺いに一も二もなく同意した。そこで短気な(belliqueux)村人が家具付きの部屋を貸すというのにありがたく応じた。

 備え付けの家具は、藁布団とマットレス付きの板組み寝台(un lit de planches)、椅子が二脚にテーブルが一脚、それに水差しであった。

 家主によれば締めて年に六リーヴル、即ち鶏飯二皿分の値段である。

 家賃が決まってねぐらを手に入れたピトゥは、ついてきた人々に一杯振る舞うと、一連の出来事に林檎酒を飲んだように昂奮してねぐらの入口で演説をぶった。

 ピトゥの演説は大きな注目を浴び、アラモン中の人々が家を取り囲んだ。

 それなりに学はあったので、効果的な喋り方は心得ていた。ホメロス流の言い方に倣えば「国民の調停者(les arrangeurs de nations)」が当時大衆を煽動していた八つの言葉(les huit mots)を知っていた。【※ホメロスのどの作品のどの箇所か不明】【※八語とは?】

 ラファイエットとピトゥには遠い隔たりがあるかもしれないが、アラモンとパリは遙かに遠いのだ。

 情に訴える話は、耳に届いた。

 あれほど気難しいフォルチエ神父でも不満の持ちようのない始め方だった。

「市民の皆さん。同胞の皆さん」それは甘美な言葉だった。「ボクはほかのフランス人にも同じことを言いました。フランス人はみんな兄弟だからです。でもここでなら正真正銘の兄弟だと口に出来ます。アラモンの同胞の中にいると本当の家族だと感じられるんです」

 聴衆の中には女も何人かいたが、ピトゥにあまり好意的とは言えなかった。ご婦人の好みに適うには、見るからに膝がごつごつし過ぎていたし、ふくらはぎはほっそりし過ぎていた。それがこの「家族」という言葉を聞いて、哀れなピトゥが孤児であり、母に死なれ、何も食べられずに腹を空かせていた可哀相なみなしごだったことを思い出した。何一つ持たぬピトゥの口から家族という言葉を聞いて、女たちの中には感極まってせき止められていた涙の池を溢れさす者も出ていた。

 序論(exorde)が終わると辯論の第二部に当たる叙述(narration)が始まった。

 ピトゥは語った。パリへの旅、胸像を掲げた暴動、バスチーユ襲撃、民衆の復讐を。パレ=ロワイヤルの広場とフォーブール・サン=タントワーヌの戦いに勝利した部分についてはざっと済ませた。だがピトゥが控えめに話せば話すほど、聴衆の目は大きく丸くなり、話の終わる頃には、ピトゥの兜は廃兵院の円屋根ほどに大きく、剣はアラモンの鐘楼ほどに高くなっていた。【※1789年7月14日、ネッケル罷免に激怒した民衆はパレ・ロワイヤルに集まり、ネッケルとオルレアン公の胸像を掲げて練り歩いた】

 叙述が終わると確証(confirmation)が始まった。これが出来れば真の辯論家だとキケロに認められるほどの難しい話術を要する部分だ。

 買い占めがきっかけで民衆が怒りに駆られて蜂起したことを明らかにした。ピット父子のことは一言で片づけた。革命を引き起こしたのは貴族と聖職者に認められた特権だったと説明した。そして最後に訴えた。フランスの民衆が広くおこなって来たことを、アラモンの住民もそれぞれおこなおうではないか、共通の敵のために協力しようではないか、と。

 それから偉大な辯論家に共通する崇高な身振りを加えながら、確証から結論(péroraison)に移った。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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