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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』62-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「俺はね、働かないのは願ったりだよ。だがそんならどうやって食べてくんだ?」ボニファスがたずねた。

「食べるですって?」

「アラモンの人間は今でも物を食っとるよ。パリの人間は食うのをやめたのかね?」

「圧政を倒した暁には、食べることだってしますとも。七月十四日に物を食べた人がいましたか? あの日に食べ物のことを考えていた人がいましたか? いませんでした。そんな暇はなかったんです」

「そうだ! そうだ!」熱狂した人々が和した。「たいしたもんだったに違いない、バスチーユ襲撃は」

「食べるですって?」ピトゥは蔑むような態度を続けた。「もちろん飲み物は別ですよ。とても暑いですし、黒色火薬はえぐいですから」

「飲むって何を?」

「何を飲むかですか? 水に葡萄酒にブランデーです。そうしたことを引き受けてくれたのはおかみさんたちでした」

「おかみさん?」

「そうです。洋服の前の部分で旗を作ってくれたのもあの人たちでした」

「たいしたもんだ!」感嘆の声があがった。

「だがね、次の日には食わにゃなるまい」懐疑的な者が口を挟んだ。

「違うとは言いません」

「てことはあれだ」ボニファスが勝ち誇ったように言った。「食べるためには、仕事をしなくてはならんね」

「ボニファスさんはその辺りの事情をご存じありませんからね。パリは田舎町じゃないんです。古くさい村人が暮らしてるわけじゃありませんし、毎日胃袋のことばかり考えているわけじゃないんですよ。我らが学者のラテン語で言えば『Obedientia ventri(胃袋への服従)』じゃないんです。ミラボーさんの言葉に倣えば、パリは国民の頭であり、全世界のことを考える脳みそなんです。脳みそは食べ物なんか食べません」

「その通りだ」と誰もが思った。

「けれど」とピトゥが続ける。「ご飯を食べない脳みそだって栄養は摂るんです」

「どうやって?」ボニファスが疑問を呈した。

「少しずつ肉体の養分から」

 こうなるともう村人たちの理解を超えていた。

「説明してもらえるかね」ボニファスが請うた。

「パリが脳みそだと言いましたよね。地方の町が手足です。地方が手足を動かし飲み食いし、パリが考えることになるんです」

「だったら俺ァ田舎を離れてパリに行くよ。お前らも一緒にパリに行かねえか?」ボニファスが声をかけた。

 笑いが巻き起こったことから察するに、村人はボニファスに同意見であるらしい。

 このままでは立場が悪くなると感じたピトゥは声をあげた。

「だったらパリに行けばいい。あなた方みたいな間抜け面に会ったら、一羽一ルイでこんな仔兎を買ってあげますよ」

 ピトゥは片手で仔兎を掲げ、もう片方の手でルイ金貨をカチャカチャと鳴らしてみせた。ジルベールから預かったままのものだ。

 ピトゥが笑い出す番だった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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