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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』64-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「では先生よりも物知りな人が幾らでもいるとお認めになりますか?」

「そういうこともあろう」

「そういう事実があるんです。知れば知るほど物を知らないことに気づく。キケロの言葉です」

「結論を言い給え」

「結論に移ります」

「確かめるとしよう。きっと滑稽な結論に違いない」

「誰かと比べて無智である以上、誰かと比べた他人の智識に対してもっと寛容になるべきというのが結論です。これは二つの美徳、つまり『virtus duplex』から成っていますが、これがフェヌロン(Fénelon)の持つ美徳だというのはつとに有名なところです。フェヌロンは先生と同じくらい物を知っていたんですけれどね。端的に言うと、キリスト教徒的な慈愛と慎みです」【※ここで[1851/6/17]連載分は終了】【※ virtus duplex virtus(男らしさ・勇気・美徳・性質;一人称単数主格/呼格)、duplex(二倍の・二つに分れた・両義的な:形容詞単数主格/呼格/中性対格)】【※フェヌロン François Fénelon(1651-1715)はフランスの宗教家。】

 フォルチエ神父が憤怒の声をあげた。

「悪魔め! この蛇め!」

「侮辱するだけで反論しないんですね。これはギリシアの賢人の答えですよ。ギリシア語で言うことも出来ますが、もうさっき言ってしまいましたからね、つまりだいたいのことをラテン語で」【※「既に言っている、あるいはほとんどラテン語で」とは、「Contumelia non argumentum(侮辱には論拠がない)」のことか? ギリシアの賢人の答えについては不明】

「なるほど、こんなところにも革命主義の影響があるようだ」

「影響?」

「そのせいで私と対等だと思い込んだのだ」

「そうだとしたら、先生はもう二度とフランス語を間違うことが出来なくなりますよ」

「どういう意味だね?」

「たったいま先生は重大な間違いをしたという意味です」

「それは面白い。例えば何処が?」

「先生は言いました、『革命主義のせいで私と対等だと思い込んだ』と」

「うむ」

「『étais』は半過去形です」

「そうだな」

「ここは現在形でなくてはなりません」【※「les doctrines révolutionnaires t'ont persuadé que tu étais mon égal.」。主節が大過去のため時制の一致が起こり従属節が半過去になるのは文法的に間違ってはいないのだが……】

「あっ!」フォルチエ神父は真っ赤になった。

「この文章をラテン語に訳してみて下さい。そうしたらこの動詞を半過去にすることがどれだけ重大な文法間違いになるのかがわかるはずです」

「ピトゥ!」フォルチエ神父はピトゥの該博な指摘に超自然的なものを読み取ってしまった。「ピトゥよ、老人と教会を攻撃せよとそそのかしたのは、いったいどんな悪魔なのだ?」

「だけど先生」神父の言葉から紛れもない絶望の響きを感じ取り、ピトゥは胸が一杯になった。「ボクをそそのかしたのは悪魔ではありませんし、先生のことを攻撃したりもしていません。それよりも先生はボクのことをいつも馬鹿扱いしますけど、人間は平等にして対等なんだってことをお忘れですよ」

 神父はまたもや怒りに襲われた。

「もう我慢がならぬ。目の前で冒涜しおって。神と日々の研鑽によって六十年かけて作り上げられた人間と対等だと申すのか。あり得ぬ!」

「ラファイエットさんに尋いてみればいいんです。人間の権利を宣言した人なんですから」

「なるほど、国王の悪臣、反目の火種、裏切者を例に取るがよい」

「何ですって!」ピトゥは耳を疑った。「ラファイエットさんが悪臣? 反目の種? 裏切者? 冒涜しているのは先生じゃありませんか。三か月間、箱に閉じ込められてでもいたんですか? 先生の言う国王の悪臣が国王を助けたことを知らないんですか? その反目の火種が公共の平和を保証したことを知らないんですか? その裏切者こそが最高のフランス人だということを知らないんですか?」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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