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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』66-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第六十六章 勝利者ピトゥ

 フォルチエ神父はお人好し故にまったく気づいていなかった。水面下の外交によって動乱が仕掛けられていることも、アンジュ・ピトゥが政府要人につてがあることも。

 神父はセバスチャンに向かって証明しようと躍起になっていた。悪い仲間同士でいると美徳も純粋さも失ってしまうこと。パリは澱みであること。道を外れたゴモラの者たちのように、急いで天国に戻らなければ天使たちでさえ堕落してしまう場所であること。そのうえで堕天使ピトゥの訪問を大げさに言い立て、辨舌の限りを尽くしてセバスチャンを真の良き王党派に留まらせようとしていた。【※旧約聖書「創世記」によれば、二人の天使がソドムとゴモラを滅ぼすために街を訪れ、ロトとその家族だけを逃がした。】

 断っておくと、この真の良き王党派という言葉をフォルチエ神父はジルベール医師とは違う意味で用いている。

 こうした違いに鑑みてセバスチャンへの布教活動が間違っているということを、神父は失念していた。何せ恐らくは無意識のうちに、息子に父親への反抗心を植えつけようとしていたからだ。

 しかも神父はしばらく前から息子に心の準備が出来ていることに気づかなかった。

 驚くべきことに、詩人の言葉を借りれば子供という柔らかい粘土の時期、言い換えればどんな印章を押しても痕跡が残るような時期に、既にセバスチャンは堅く揺るぎない意思を持つ一人の大人だった。【※「molle argile」という語句は、ヴォルテール「Temple du Goût」、ユゴー「Le doigt de la femme」、アルノー「Les ours mal léchés」などに見えるが、いずれも子どもを詠んだ詩歌ではない】

 これこそまさに庶民を恐ろしいまでに軽蔑していたあの貴族的な性質の産物だろうか?

 或いはこれこそまさに、正真正銘ジルベールの中で禁欲にまで昇華された選ばれし庶民というものだろうか?

 フォルチエ神父にはそうした謎を推し量る能力が欠けていた。ジルベール医師が熱狂的な愛国者であることは知っていたから、聖職者らしい悪気のない贖罪の気持から、国王と神の利益のために息子を改宗させようと試みていた。

 ところがどっこいセバスチャンは耳を傾けているようなふりをしていただけで、実際には忠告を聞いたりはせず、ヴィレル=コトレの公園の大樹の下でしばらく前から何度も襲われていたおぼろげな光景のことを考えていた。フォルチエ神父が生徒たちをサン=ユベール点検坑(du regard Saint-Hubert)やオーモン塔(la tour Aumont)からクルイーズ岩(la pierre Clouïse)の方に連れて行っている時などに、生まれついての人生に寄り添う第二の人生、つまり日々の勉学と学校という単調で無為な人生とは比べものにならない詩的な幸福に満ちた偽りの人生の幻に思いを馳せていたのである。【※「regard Saint-Hubert」はヴィレル=コトレにある地下水の点検坑。「tour Aumont」は不詳。「la pierre Clouïse」はヴィレル=コトレにある巨大な岩。】

 突然ソワッソン街の門が敲かれた。激しさのあまり門はひとりでに開き、数人の男が入って来た。

 ヴィレル=コトレ村長と助役と秘書であった。

 その後ろには憲兵の帽子が二つ見え、さらにその後ろには野次馬の頭が五つ六つ見えた。

 神父は不安を感じて直ちに村長に歩み寄った。

「どうなさいました、ロンプレさん(monsieur Longpré)?」【※「de」がつかないので、第62章に出てくる「M. de Longpré」とは別人か?】

「神父さん、先頃出た陸軍省のおふれをお聞きになりましたか?」村長は重々しい声で答えた。

「知りませんね」

「ではお読みになって下さい」

 神父はおふれを受け取った。

 読んだ途端に真っ青になった。

「どういうことですか?」すっかり動揺してたずねた。

「つまり神父さん、アラモンの国民衛兵の皆さんが此処にいて、武器が引き渡されるのを待っているのです」

 神父はその国民衛兵たちを貪り食わんばかりに飛び上がった。

 ピトゥは登場するなら今だと考え、副官と軍曹を従えて近づいた。

「国民衛兵の皆さんです」と村長が言った。

 神父の顔が真っ青な色から真っ赤に変わった。

「この悪ガキ共! 小僧っ子め!」

 村長は人の良い人物だったので、まだ確乎とした政治観を持っていなかった。山羊とキャベツの世話を続けて、神とも国民衛兵とも喧嘩するつもりはなかった。

 フォルチエ神父の悪態を聞いて村長は大きな笑い声をあげ、その場を支配してしまった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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