アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ピトゥは小屋に足を踏み入れてにこやかに挨拶をした。
「今晩は、クルイースさん」
「誰だ?」
「ボクです」
「ボク?」
「ピトゥです」
「ピトゥだって?」
「アラモンのアンジュ・ピトゥですよ」
「アラモンのアンジュ・ピトゥだったらどうだって言うんだ?」
「ご気分を害されましたか、クルイースさん。こんな時間に起こしてしまって」ピトゥがおもねるように話しかけた。
「まったくだ。非道い時間だな」
「どうすべきでしょうか?」
「一番いいのは失せることだ」
「ちょっとだけ話をさせてくれませんか?」
「何の話を?」
「力を貸していただきたいんです」
「只では貸さんよ」
「力を貸してくださった方にはきちんとお支払いします」
「だろうな。だがもう力を貸すことは出来ん」
「なぜですか? これまで」
「もう殺生はしない」
「もう殺生はしない? これまで散々して来たのにですか。信じられません」
「失せろと言ったんだ」
「お願いです、クルイースさん」
「迷惑だ」
「話を聞いて下さい、無駄な時間は取らせません」
「よし、だったらすぐに済ませろ……何が望みだ?」
「兵士の経験がおありですよね?」
「それがどうした」
「それがその、お願いしたいのは……」
「さっさと言え!」
「銃の扱い方を教えて欲しいんです」
「狂ったのか?」
「それどころか頭はしっかりしています。銃の扱い方を教えて下さい。値段は話し合いましょう」
「そうかい。やっぱりいかれてるな」クルイース親父は冷たく吐き捨て、干しヒースの寝台の上で身体を起こした。
「クルイースさん、教えてくれるんですか、くれないんですか。軍隊でやっているような十二段式(en douze temps)の銃の扱い方を教えて欲しいんです。お望みのものを仰って下さい」
クルイース親父は膝を立て、ピトゥに貪るような目を向けた。
「望むものだと?」
「そうです」
「だったら、欲しいのは銃だ」
「ちょうど良かった。銃なら三十四挺あります」
「三十四挺?」
「その三十四挺目はボクが自分用に持って来たものですから、クルイースさんにはぴったりだと思います。小さな将校用の銃で、銃尾には金で王家の紋章が入っているんです」
「どうやって手に入れたんだ? 盗んだわけじゃないんだろう?」