アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ピトゥはいきさつを正直に包み隠さず明朗に話して聞かせた。
「なるほどな。教えてやりたいのはやまやまだが、指を怪我しちまった」
そうして今度はクルイース親父の方が、事故の起こったいきさつをピトゥに話して聞かせた。
「そうでした、銃のことはお気になさらずに、代わりを探します。後は指ですが……銃のようにはいきません。ボクには三十四本もありませんから」
「指のことなら構うこたぁない。その代わり約束だ、明日には銃を持って来い」
クルイース親父はそう言うとすぐに立ち上がった。
天頂の月が白い輝きを家の前の空き地に注ぎ込んでいた。
ピトゥとクルイース親父は空き地まで歩いて行った。
こんな人気のない場所の暗闇で二つの黒い影が動くのを見た者があれば、言いしれぬ恐怖を覚えざるを得なかったであろう。
クルイース親父は銃の残骸をつかんで、溜息をつきながらピトゥに見せた。初めに軍隊式の持ち方を実演して見せた。
それから不思議なことに老人が突然力を取り戻した。藪の中を猟歩していたせいで背中は曲がりっぱなしだったが、聯隊の記憶や銃の教練に刺戟されて、ごつごつして広くがっしりした肩の上でざんばらの白髪頭を振り立てた。
「よく見ておけ。しっかり見ておくんだぞ。ものを覚えたいならよく見ることだ。俺のやることをようく見てから、自分でやってみろ。そうしたらお前がやるのを見ておいてやる」
ピトゥは言われた通りにやってみせた。
「膝を引っ込めろ、肩をいからせるな、頭を楽にしろ。足許を安定させろ、せっかく足が大きいんだ」
ピトゥは精一杯その通りにした。
「いいぞ、風格が出て来たじゃないか」
ピトゥは風格が出て来たと言われて気分が良かった。そんなことは期待もしていなかったのだ。
たった一時間の訓練で風格が出て来るのであれば、一か月したらどうなるのだろう? もしかすると威厳を纏っているのではないだろうか。
だからピトゥは続きをおこないたかった。
だがもう一課程分は済んでいた。
それにクルイース親父が自分の銃を手にするまで先に進みたがらなかった。
「駄目だ。一回で充分だ。一回目の訓練で教えるのはこれだけでいい。どのみちみんな四日では覚えられんだろう。その間に二回、此処に通え」
「四回でお願いします!」
「そうかい」クルイース親父は素っ気なく答えた。「どうやら熱意もそれに見合う健脚もあるようだな。だったら四回だ。四回ここに来い。ただし今日は晦日の月だ、明日にはもっと暗くなるぞ」
「だったら穴蔵で訓練しましょう」
「それなら蝋燭を持って来い」
「一、二リーヴル(0.5~1kg)持って来ます」
「よし。俺の銃は?」
「明日にはお持ちします」
「待ってるぞ。俺が言ったことは覚えたな?」
ピトゥは讃辞を期待して復唱した。喜びのあまり大砲を持って来る約束さえしかねなかった。
こうして訓練後の話し合いが終わった頃には深夜一時に差し掛かっていたので、ピトゥは教官にいとまを告げて、いつもよりゆっくりであるのは確かだがやはり変わらず大きな足取りでアラモンまで戻ると、国民衛兵も羊飼いもみな深い眠りに就いていた。
ピトゥは指揮官として何百万人もの軍隊を率いている夢を見た。一列に並んだ全兵士に一糸乱れぬ行進をさせ、ヨシャパテの谷のはずれまで届くような声で「担え銃!」と命ずるのだ。【※vallée de Josaphat(ヨシャパテの谷)とは、旧約聖書ヨエル書3:2、3:12に見られる、神が異教徒を裁く谷の名】
翌日からピトゥは兵たちに稽古をつけた。いや、つけられた稽古をつけ返して、尊大な態度と確実な実技のおかげでありえないほどに高まった評判を味わっていた。
人気とは何ととらえどころのないものだろう!
ピトゥは人気者になり、男からも子供からも老人からも尊敬を受けた。
女たちでさえピトゥがステントルのような大声で一列に並んだ三十人の兵たちに指示を出しているのを真剣に見守っていた。【※ステントル(Stentor)。『イリアス』に名前の出て来る、青銅の声をもつと言われる五十人分ほどの大きな声の持ち主】
「風格を持て! しっかり見て真似するんだ」
確かにピトゥには風格が備わっていた。
第67章おわり。第68章につづく。