翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』59-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ちょうどこの時ビヨ夫人が食堂の窓からこの兜を見つけた。

 ビヨ夫人は飛び上がった。

 地方一帯がピリピリしていた。不穏な噂が広まっていたからだ。噂によれば、森を切り倒しまだ青い小麦を刈り取る野盗が出没していると云う。

 兵士が現れた意味は? 襲撃だろうか? 援軍だろうか?

 ビヨ夫人はピトゥの全身に目を走らせ、ぴかぴかの兜をかぶっているのに田舎びた長靴下を履いていることに疑問を持った。希望を掛けたくもあるが不審に思いたくもあると言わざるを得ない。

 何はともあれ兵士が台所に入って来た。

 ビヨ夫人が足を踏み出した。ピトゥは無礼にならぬよう兜を脱いだ。

「アンジュ・ピトゥ! どうして此処に?」

「こんにちは、ビヨおばさん(m'ame Billot)」

「アンジュ! わからないもんだね、じゃあ軍隊に入ったのかい?」

「軍隊?」

 ピトゥは誇らしげに笑顔を見せた。

 それから周りに目を遣ったが、目指すものは見つからない。

 ビヨ夫人が微笑んで、ピトゥの目当てを察して単刀直入にたずねた。

「カトリーヌかい?」

「ご挨拶したくて。ええと、その通りです」

「洗濯物を干してるよ。まあ此処に坐ってあたしと話でもしようじゃないか」

「そうさせて貰います。嗚呼、こんにちは、ビヨおばさん」

 ピトゥは椅子に坐った。

 戸口や階段には、馬丁(valet d'écurie)の話を聞いて下男下女や農夫たち(les servantes et les métayers)が集まって来ていた。

 野次馬が増えるたびに囁きが繰り返された。

「ピトゥかい?」

「うん」

「驚いたな」

 ピトゥは懐かしい知り合いたちに温かい目を向け、愛しむように微笑んだ。

「じゃあパリから戻ったんだね?」ビヨ夫人がたずねた。

「真っ直ぐ戻って来ました」

「うちのはどうしてる?」

「元気です」

「パリはどうだった?」

「最悪でした」

「そうかい……!」

 人の輪が小さくなった。

『アンジュ・ピトゥ』59-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十九章 革命家ピトゥ

 人に従うという義務を満たすと、今度は心に適う欲求を満たしたくなった。

 人に従うのは心地よい。とりわけその人の指示が自分の内心の思いを体現しているとなれば。

 そこでピトゥは一目散に駆け出して、プリューからロネ街(la rue de Lonnet[異本 Lormet])まで緑のベルトのように二本の生垣の続いている小径に沿って、畑を横切り、ピスルー(Pisseleu)の農家まで全速力で走り続けた。【※la rue de Lormet(Lonnet, L'ormet)、いずれも不詳】

 だがやがて足取りをゆるめた。足を運ぶたびに思い出が甦ってきた。

 生を受け、少年期を過ごし、懐かしい日々を暮らした時間は、英国の詩人の言葉を借りれば、故郷に戻った旅人を讃えて足許に広がる絨毯のようであった。【※英国の詩人=不詳】

 そんな日々を過ごした町や村に戻ると、一足ごとに思い出が胸を打って甦った。

 つらかった場所に、嬉しかった場所。苦しくて泣きじゃくった場所に、嬉し泣きに泣いた場所。

 分析は柄ではない。ただ男らしくあらねばならなかった。道々過去を積み上げてゆくと、ビヨ夫人が待つ農家にたどり着く頃には胸が一杯になっていた。

 百歩ほど先に屋根の天辺が見え、苔むした煙突の煙を見下ろすゴツゴツと年経た楡の木々が目に飛び込み、家畜の物音やら鳴き声やら犬の唸り声や荷車のガタゴトいう音が遠くから聞こえて来ると、ピトゥは兜をかぶり直し、腰に龍騎兵刀を固定し、男としても軍人としても出来るだけ勇ましく見えるように心がけた。

 誰にも気づかれなかったところを見ると、まずは成功と言える。

 水飲み場(la mare)で馬たちに水を飲ませていた馬丁(valet (d'écurie))が物音に振り返り、ざんばら髪の向こうからピトゥに目を留めた。否、兜と太刀に目を留めた。

 馬丁は吃驚して固まってしまった。

 ピトゥが通りしな声をかけた。

「バルノー(Barnaut)、こんにちは」

 兜と太刀に名前を呼ばれて驚いた馬丁は、帽子を脱いで馬の繋索を放した。

 ピトゥが笑顔を浮かべた。

 だが馬丁の緊張はほぐれずにいた。にこやかな笑みはすっかり兜に隠れていたからだ。

『アンジュ・ピトゥ』58-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ピトゥが立ち上がった。

「お金を払わないなんて言ってません。手持ちはあるんです。伯母さんさえよければ、賄い代は払います。だけど献立はボクが決めさせてもらいます」

「このクソガキ!」

「それぞれ一人前当たり四スーにしましょう。一食分の借りがあるので――米四スーにパン二スー。六スーです」

「六スーだって? 六スー? 米だけで八スー、パンだけで六スーあるのにかい」

「ですから鶏は勘定しませんでした。だって鶏小屋にいたやつでしょう? あれはボクの友達でしたから、あの鶏冠を見たらすぐにわかりました」

「あれにはあれの価値があるはずじゃないか」

「九年になります。ボクが母鶏のお腹の下からくすねて来た時には、まだ握り拳くらいの大きさでした。しかもあの時には伯母さんに撲たれたんでしたっけ。雛と一緒に翌朝食べさせる麦(grains)を持ち帰らなかったからって。麦はカトリーヌさんがくれました。あれはボクのものです。自分のものを食べただけです。ボクにはその権利があるんですから」

 アンジェリク伯母は怒りに逆上のぼせて、粉々にしそうな勢いでピトゥを睨みつけた。

 声など出せなかった。

「出てお行き!」と絞り出すのが精一杯だった。

「食べてすぐにですか。腹ごなしの時間もくれないなんて、冷た過ぎます」

「出てけ!」

 ピトゥは一度坐り直してからまた立ち上がった。すっかり満ち足り、米一粒たりとも胃が受けつけないことに気づいたからだ。

「非道い人ですよね」ピトゥは落ち着いて応えた。「はっきり言います。伯母さんは前と変わらず冷たくてけちで、非道いことばかりしてるじゃありませんか。全財産を貪り尽くすような人間だと触れ回ろうとするのはやめて下さい」

 ピトゥは戸口に立って、ぞろぞろとついて来て現場を目撃している野次馬はもちろん、五百歩は離れた場所を歩いている無関係の通行人にまで聞こえるような大声を出した。

「この人たちが証人です。ボクがバスチーユを襲撃した後でパリから歩いて来たことや、疲れていることや、お腹を空かせていることや、ここに坐っていたことや、身内の家でご飯を食べていたことや、ご飯を食べたからといって怒鳴り飛ばされたことや、冷たく追い払われたことや、出て行かざるを得なくなっていることの」

 ピトゥの声があまりにも胸に迫って来るものだから、村人たちも伯母に対して不満をぶつけ始めた。

「十九里の道のりを歩いて来たんですよ。ビヨさんとジルベールさんから信頼されて、セバスチャン・ジルベールをフォルチエ神父のところまで送って来たんです。バスチーユを征服したし、バイイさんやラファイエット将軍の知り合いなんです。見て下さい、そんな人間が追い出されようとしているんです」

 不満の声が大きくなった。

「ボクは乞食じゃありません。パン代は払います。ほら、これが伯母さんの家で食べた分の代金です」

 そう言ってピトゥはポケットから自信たっぷりにエキュ貨を取り出し、食卓に放り投げた。跳ね返った貨幣はみんなの見ている前で皿に飛び込みご飯に埋もれた。

 これがとどめの一撃だった。伯母は村人からのしつこい不満の声に糾弾されて顔を伏せた。幾つもの腕が伸びてピトゥを家から連れ出し、戸口で靴を払わせ、連れ去った。何人もの人々が食卓と宿を申し出て、バスチーユの英雄にしてバイイとラファイエットの知り合いを只で泊める幸運を争った。

 伯母はエキュ貨を拾い上げ、米を拭ってお椀に入れた。そこでほかの貨幣と一緒に、古い貨幣と入れ替わるのを待つことになるのである。

 だが一風変わった経緯で家にやって来たこのエキュ貨をお椀に入れた時、伯母は溜息をついて考えた。もしかするとピトゥには食べる権利があったのではないか。きちんと対価を払っていたのだから。

 
 
 第58章終わり。第59章に続く。

『アンジュ・ピトゥ』58-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 そして左手で指三本ほどの幅と六プス(15cm)ほどの長さのあるパンをつかんだ。斯かる立派な帚でご飯を載せると、ナイフで恭しくパンに肉を載せた。

 遠慮のない見事な健啖ぶりの結果、数分後には青色と白色をした陶皿の底が現れた。引き潮の後に水が引いた埠頭から索輪と防波堤が現れるように。

 アンジェリク伯母の困惑と絶望たるや、とても言葉では言い表せない。

 それでも叫ぶくらいは出来そうだった。

 出来なかった。

 ピトゥがとろけるような笑みを見せたものだから、叫び声は喉元で引っ込んでしまった。

 アンジェリク伯母も微笑もうとした。甥っ子の内腑に住み着いた餓鬼とかいう猛獣を追い払うつもりで。

 だが格言にあるように、飢えた腹には口も耳もないままであった。

 伯母はとうとう微笑むのをやめて泣き出した。

 これにはピトゥも多少は戸惑ったものの、食べるのは一切やめなかった。

「泣いて喜んでくれるなんて嬉しいな。帰ってきて本当によかったです」

 そう言って食べ続けた。

 フランス革命がピトゥをすっかり変えてしまったのは間違いない。

 鶏肉をほとんど平らげ、皿の底にご飯を少しだけ残しておいた。

「伯母さんはご飯の方がいいですよね? その方が歯に優しいし。だからご飯を残しておきましたよ」

 アンジェリク伯母はこれを聞いて馬鹿にされていると思ったのだろう、怒りのあまり言葉を失った。ピトゥに向かって真っ直ぐ飛びかかり、皿を奪い取ると、二十年後に古参近衛兵が完成させることになる暴言を言い放った。【※古参近衛隊とはナポレオン時代の精鋭部隊。カンブロンヌ将軍がワーテルローの戦い(1815)において降伏を迫るイギリス軍に対し、「Merde !(くそったれ)」と答えたと伝えられている。アンジュ・ピトゥの舞台は1789年なので、正確には26年後のことである。】

 ピトゥは溜息をついた。

「鶏肉が食べたかったんですか?」

虚仮にしてgouaillerんじゃないよ!」

 『虚仮にするgouailler』とは正真正銘のフランス語の動詞であり、イル=ド=フランスでは純然たるフランス語として使われている。

『アンジュ・ピトゥ』58-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ピトゥはこんな豪華な食事を見て、感嘆の声をあげる余裕すら失っていた。

 料理に心を奪われていたせいで、こんな素晴らしいものがこれまで伯母の戸棚に存在していたことなどなかったのを忘れていた。

 ピトゥは右手でパンの欠片をつかんだ。

 左手で大きな皿をつかみ、落とさぬようにごつごつした親指に力を入れた。そのため親指は第一関節(la première phalange)まで旨そうな香りを立てるねっとりとした脂に浸っていた。

 ふと戸口の光に影が差したような気がした。

 ピトゥは笑みを浮かべて振り返った。お人好しなものだから、思っていることがそのまま顔に出てしまうのである。

 影の正体はアンジェリク伯母だった。

 伯母は以前にも増してますますけち臭くますます気難しくますます干涸らびていた。

 以前であればこれから描こうとすることを表現するのに常に同じ修辞、つまり一つの対比に頼らざるをなかった。以前であればアンジェリク伯母を目にしたピトゥが皿を取り落とし、それを見た伯母が衝撃を受けてしゃがみ込み鶏肉とご飯の残骸をかき集めているうちに、ピトゥが伯母の頭を飛び越えパンを抱えて逃げ出していたことだろう。

 だがピトゥはもはや以前のピトゥではない。兜と刀を持っても肉体的にはさほど変わらないが、当代の思想家たちを知って精神的に大きく変わっていた。

 肝を冷やして伯母の前から逃げ出す代わりに、愛想良く微笑んで伯母に近づき腕を伸ばした。逃げようと藻掻かれても、腕という名の二本の触覚でがっしりと抱擁し、胸の中にしっかりと抱きしめた。そうしておいてパンとナイフを持った手と、皿と鶏飯の鶏(coq au riz)を持った手を背中に回した。

 ピトゥはこうした行動を、果たさなければならない身内の義務であるかのように果たし終えると、胸一杯に息を吸い込んで口を利いた。

「アンジェリク伯母さん、ピトゥですよ」

 アンジェリク伯母は抱擁されたことなどついぞなかったので、現場を押さえられたピトゥに絞め殺されるのではないかと勘繰ってしまった。ヘラクレスに絞め殺されたアンタイオスのように。

 だから恐ろしい抱擁が終わったのに気づくとほっと息をついた。

 だが伯母はピトゥが鶏を見ても感嘆の声一つあげなかったことに気づいていたかもしれない。

 ピトゥは恩知らずなうえに無粋な人間だ。

 だがそれよりもさらにアンジェリク伯母を絶句させることがあった。以前のピトゥであれば、伯母が革張りの椅子に鎮座ましましている時に脚の取れた椅子やその周りにあるぐらついた腰掛けに腰を下ろそうとはしなかったはずだ。ところがピトゥは抱擁を終えてから悠々と肘掛椅子に坐り、両腿の上に皿を載せて食べ始めた。

 聖書に倣えば右の御手で、ピトゥは例のナイフをつかんだ。ポリュペーモス(Polyphème)がスープを喰らう時に使ったような、大きな刃と立派な柄のついたナイフである。
 【※右手=神の力や正しさの象徴。詩篇20:6「われ今ヱホバその受膏者《じゅかうじゃ》をすくひたまふを知る ヱホバそのきよき天より右手《みぎのて》なるすくひの力にてかれに應《こた》へたまはん」、詩篇60:5「ねがはくは右の手をもて救《すくひ》をほどこし われらに答をなして愛《いつく》しみたまふものに助《たすけ》をえしめたまへ」ほか】
 【※ポリュペーモス(Polyphème)はギリシア神話に登場する一つ目の巨人。オデュッセウス一行を次々と食い殺していたが、オデュッセウスに目を潰された。】

『アンジュ・ピトゥ』58-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 先述した通り、ピトゥは腹を空かせていたが、それが今は顔色が変わるまでになっていた。

 一刻も無駄には出来ない。ピトゥは真っ直ぐパン入れ櫃と食器棚に向かった。

 かつて――ピトゥの旅立ちから三週間しか経っていないにもかかわらず「かつて」という言葉を使ったのは、時間というものは長さではなくどんな出来事が起こったかで計るものだと考えているからだ――かつてのピトゥなら、強い悪心か余程の空腹という抗い難い点ではよく似た二つのものに襲われでもしない限り、閉ざされた戸口の前に坐り込んでいただろうし、アンジェリク伯母が戻って来るのをおとなしく待っていただろう。伯母が戻って来たら優しい笑顔で出迎えたであろうし、自ら進んで立ち上がって道を開けたであろう。伯母が家に入ったら自分も家に入ったであろうし、家に入ったらパンとナイフを取りに行き自分の分を計って貰っていたであろう。そして自分の分が切り分けられたら、貪欲な目つきを注いだであろう。馬鹿正直に潤んだ動物磁気を帯びた目つき――食器棚に仕舞われたチーズか砂糖菓子を出さずにいられないほど抗い難いと本人は思っている目つきを注いだであろう。

 磁力が功を奏することは滅多になかったが、上手く行くことも時にはあった。

 今やピトゥも一人前に成長し、以前のような行動には出なかった。落ち着いてパン入れ櫃を開けると、ポケットから大型のナイフを取り出し、新しく採用された単位に従えば一キロほどパンを四角く切り出した。【※フランスにおいてメートル法は1795年に制定され、1840年より義務化された。『アンジュ・ピトゥ』の舞台は1789年であり、作品発表は1851年。】

 それからパンを櫃に戻して蓋を閉めた。

 その後、慌てることなく食器棚を開けに行った。

 一瞬、アンジェリク伯母の唸り声が聞こえたような気がした。だが食器棚の蝶番が軋んだため、現実の音という圧倒的な力が、想像力の賜物でしかない唸り声を掻き消した。

 ピトゥが家の一員になってからというもの、吝虫しわむしな伯母はご馳走を引っ込めていた。ご馳走というのは例えばマロワール・チーズやキャベツの脂身巻きのことだ。ところがこの大食漢が地元を離れてからというもの、伯母は一週間休まず食べ応えのあるものを作ったり、欠かさず贅沢したりしていた。

 ある時は前日から油に漬け込んでいた人参と玉葱を添えた牛肉の煮込みブッフ・ア・ラ・モード。またある時は子供の頭や長い南瓜ほどもある馬鈴薯の入った羊肉のシチュー。またある時は葱を入れ酢漬けのエシャロットで風味を高めた仔牛の脚肉。またある時は浅葱アサツキとパセリで彩りしたり、老嬢の食事としては腹を空かせた日でも一つで充分なほどの脂身を幾つも並べたりした、大きなフライパンで作った巨大なオムレツ。

 こうして一週間休まず、アンジェリク伯母は慎ましく食事を愛でていた。貴重なご馳走を中断するのはやむを得ぬ必要に迫られた時だけだった。

 毎日毎日、美味しい料理を一人で楽しみ、この三週間というもの甥であるアンジュ・ピトゥのことを考えたのは、皿を手に取り料理を口に運ぶほどの回数であった。

 ピトゥは運が良かった。

 ピトゥが到着した日は月曜日、つまりアンジェリク伯母が米と鶏肉を火に掛けていた日であった。しっかり煮込まれた鶏肉は柔らかい生地に囲まれてはいるものの、骨が剥がれてすっかりとろとろになっていた。

 素晴らしいご馳走が深皿に入っている。ただの黒い皿だったがぴかぴかに輝いて見えた。

 湖上の小島のように、ご飯の上に肉が散らばり、ジブラルタル海峡にあるセウタの尾根のように、肉の峰々の中に鶏の鶏冠が聳えていた。【※ジブラルタル海峡はスペイン-モロッコ間の海峡。セウタはモロッコ側にあるスペイン領の飛び地であり、アチョ山はヘラクレスの柱の一対と考えられている。】

『アンジュ・ピトゥ』58-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 フォルチエ神父のところから辞したピトゥを、二十人ほどの集団が待ち構えていた。ピトゥがどんな恰好をしているのかという噂はもう村中を駆け巡っていたので、そのおかしな恰好はこの集団にもある程度は知られていた。ピトゥが暴動のあったパリから戻って来たのを見て、ピトゥも暴動に参加したものだと考え、最新の情報を知りたがっていた。

 ピトゥは情報を例の如く厳かに伝え、バスチーユ襲撃のことや、ビヨやマイヤールやエリーやユランの偉業を語った。如何にしてビヨがバスチーユの堀に嵌ったか。如何にしてピトゥが引っ張り上げたか。そして一週間ほど囚われていたジルベール医師を如何にして助けたか。

 ピトゥの話はほとんどがとうに知られていた内容だったが、詳しい話を何処で知ったかといえば新聞を読んだからであった。新聞記者がどれだけ興味深い記事を書こうとも、目撃者がじかに語る話には勝てない。遮られても続きを話すことが出来るし、質問されれば答えることも出来る。

 而してピトゥは話を続け、質問に答えた。遮られればにこやかに応じ、愛想良く答えを返して、詳しい事情を伝えた。

 こうしてソワッソン街には人が押し寄せ、フォルチエ神父の門前で話を聴いていた。一時間もした頃、一人がピトゥの顔に不安らしきものが浮かんでいるのに気づいて、言葉を発するまでに至った。

「この子は疲れてるじゃないか、可哀相に。こんなところに引き留めてないで、アンジェリク伯母さんのところに行かせてやろう。ピトゥが帰ったらあの婆さんも喜ぶぞ」

「疲れてるわけじゃありません。お腹が空いてるんです。疲れたことなんてないのに、何でお腹は空いてばかりなんでしょうね」

 このように正直に打ち明けられると、人々はピトゥの食慾に感心して、鄭重に道を開けた。斯くしてピトゥは人一倍好奇心の強い者たち数人にまとわりつかれたまま、プリューへの道――即ちアンジェリク伯母の家まで道をたどった。

 アンジェリク伯母は不在だった。ご近所づきあいのさなかと見えて、扉は閉まっていた。

 家まで食べに来いと言ってくれる人も何人もいたが、ピトゥは毅然として辞退した。

「でもピトゥ、伯母さんの家は閉まってるよ」

「伯母の家の扉であれば、飢えた素直な甥っ子を前にして閉じたままでなんかいないのです」ピトゥは仰々しく応えた。

 太刀を抜いたピトゥを見て女子供が後ずさったが、ピトゥは錠前の舌と受座の間に切っ先を入れて力を加えた。すると扉が開き、感嘆の声があがった。老嬢の怒りを恐れず敢行するのを見ては、誰もがピトゥのやったことを認めないわけにはいかなかった。

 家の中はピトゥがいた頃のままだった。例の革椅子が王様のように部屋の真ん中にましまし、脚の取れた数脚の椅子(chaises)や腰掛け(tabourets)がちんばの宮廷を作り出していた。奥にはパン入れ櫃(la huche)があり、右には食器棚、食器棚の向かいには暖炉があった。【※「例の椅子」…第2章参照。アンジェリク伯母は金貨を椅子のクッションの中に隠している】

 ピトゥはにこやかな微笑みを浮かべて家に足を踏み入れた。みすぼらしい家具には不満などない。それどころかどれも少年時代の友人たちだった。なるほど確かにアンジェリク伯母と同じくらい手強い相手ではあったが、戸棚をひとたび開けば中にはめぼしいものが入っている。アンジェリク伯母の中身を開いたところで心の中はいっそう冷たく厳しいのとは大違いである。

 こういったことが間違いないということを、すぐさまピトゥは実演して見せた。ピトゥを追いかけて来た人々は、そうした様子を窺い、アンジェリク伯母が帰って来たら何が起こるか知りたくて外から眺めていた。

 しかもこのうち何人かがピトゥに心から共感していたのは明白であった。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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