FC2ブログ
翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「幽霊の犯罪」その18 トーマ・ナルスジャック

「まだわからないのですか?」おだやかにたずねた。

 二人は葉の落ちた並木の中を少しだけ歩いた。

「……わからないのですか? 犠牲者は二人必要なのです」

 フランボウはびくっとした。

「わたしですよ」神父はいたって無頓着であった。

 背後にはでたらめな建築様式の城がそびえており、ブラウン神父は物思わしげに一瞬それを見つめた。

「その通りですよ。なんということだ! あまりに単純な計画を、ごちゃごちゃと複雑なものが覆い隠していたのです」

 風が激しさを増したので、邸に戻って夜まで閉じこもることにした。

 夕食の席で、フランボウは改めてオリヴァー卿にいくつかの質問をぶつけた。

「幽霊の犯罪」その17 トーマ・ナルスジャック

「一番最初にしたことは?」

「怪しげなものを確かめようと屈んだところに、あなたがやって来ました」

 ブラウン神父は不意に顔を輝かせ、新たに会の用意はできないかとオリヴァー卿にたずねたときの声は陽気と言ってよかった。この申し出に卿は大喜びし、ローマン・カトリックの坊さんは恐ろしく感情的なくせに、ときには常識の光を持っているわいと御みずから認めたのであった。翌日は一日じゅう諸事万端で忙しくなるし、夜を待たねばならないだろうとフランボウが指摘した。その通りであった……。

 フランボウは休むことなく頭の中で問題を反芻し、夕食後にブラウン神父を見つけたときにはひそかに喜んだものである。神父はひとり公園で黒い小型本を読んでいた。

「この事件は無茶苦茶だ」フランボウは近づきながら声をかけた。

 ブラウン神父は物思わしげに、雪解け水の流れる小径を見つめていた。まるでそこに考え事の原因があるようなそぶりで、返事はゆっくりと途切れがちだった。

「いっそう……無茶苦茶です……前もって結果はわからないのですから」

「何の結果です?」

「幽霊の犯罪」その16 トーマ・ナルスジャック

 さらにあれこれ言われてフランボウは真っ赤になったが、ブラウン神父は何かに夢中なせいでまったく聞いていなかった。ようやく我に返ったらしく、フランボウに質問を投げた。

「確かにでこぼこしていましたかな?」

「でこぼこしてたらどうだというのだ?」ディアドラ卿が山羊髭をコンマのように曲げてたずねた。

 だがフランボウは相棒の考えを理解した。

「確かにでこぼこしたものが、丸テーブルの脚をこするように走ってきましたよ。ズボンを引っ張られたというか、引っかかれました。いやな感触でしたね」

「幽霊の犯罪」その15 トーマ・ナルスジャック

「そうでしょうか」神父が小さくもらした。「わたしにはむしろ、柄が燃やされた短刀のように見えますが。燃やされたために、柄が刃と同じくらい薄くなったのでは」

 ディアドラ卿の頬が怒りに震えた。蝙蝠の装丁がなされた赤い革表紙の本を手に取ると、ブラウン神父の鼻先に振りかざした。

「ヴァン・エルモントも同じ現象を体験しているのだ。それにナイフの柄が黒こげになっただけではない、強い硫黄の匂いも広がっていたではないか!」

 フランボウがあわてて話題を変えた。

「ジョン・フリンはあなたの目の前だったし、ぼくも目を離さなかったから、疑うわけにはいきませんね。ナイフを投げるのは無理だ。オリヴァー卿はミス・ハリカンの方に寄っていたし、両手はテーブルの上だった」

「明らかではないか」卿が決めつけた。「この犯罪を行い得る人間はいない……」

「考えてみたのですよ」そのとき神父が無邪気な声で口を開いた。「なぜわれわれをベヴァリッジ・ヒルから追い出したがっていたのか。ロード・コールズウェルの亡霊が口にした理由は一五五二年であればなにがしかの意味があるでしょうが、現在では……」

 オリヴァー卿がぷっと吹き出し反論した。

「あんたがたカトリックの坊さんたちは、別世界の謎をあまりよく知らないようですな。情念は涸れるどころか、降霊を重ねるうちに霊的成長を遂げるのだ。これで唐突な配置換えを説明できる……」

-----------------

 もうすぐクライマックス。これが終わったら、お金があればハートリイの短篇集とシャーロット・アームストロングの未訳作を購入したい。駄目ならふたたびコッパード。スポーツドリンクの美味しい季節になりました。

「幽霊の犯罪」その14 トーマ・ナルスジャック

「呪い(魔術)とは――」ブラウン神父はそっと口を開いた。「ならず者に搾り取られた貧素な想像力ですな(ならず者に搾り取られて空っぽの想像力ですな)。そして貧素な想像力とは――」卿を怒らせぬようフランボウに向き直った。「――信仰のないものだと相場が決まっております(空っぽの信仰心だと相場が決まっております)」

 よほど冷静を欠いた状況にはまり込んだ議論を避けようとして、フランボウはオリヴァー卿に質問をした。

「ナイフはどこから現れたのだと思います?」

「知らんな。城で似たようなものは見たことがないし、奇妙な形からするとあの世のもののようだが」

----------------------

 今日は暑かった。

「幽霊の犯罪」その13 トーマ・ナルスジャック

 フランボウは図書室にいるオリヴァー・ディアドラ卿を見つけた。大判の神秘学辞典を調べているところを見ると、すっかり興奮がぶり返したようだ。フレッチャー夫人の死にはたいへんな打撃を受けているのだろうが、死とは要するによくある事故(こと・茶飯事)であり、賢人ならば厳しい目で糺さねばならぬし、学者であればなおのことである。オリヴァー卿はこの犯罪の不可解な面に肝を潰し、真っ先に考えたのは五芳星を身につけることだけであった――指摘するまでもないが、魔力と祟りを防ぐ魔よけの印である。次にThomson&Davyの辞書を調べたが、事件に曙光を投げかける先例には事欠かなかった。目に見えぬ襲撃など山ほどあり、そのほとんどが死亡事故だと聞いてフランボウは驚いた。顔を赤く染め目を血走らせている卿は、あまり苦しんでいないように見える。しゃべりながらたえず右手を振り回すのを見れば見るほどその思いは強くなるし、ましてや突き出したままの小指と人さし指が威嚇する一対の角のように見えるとあってはなおさらである。ところが折よくやってきたブラウン神父には、その懸念が伝染しなかったようだ。卿の身振りをみて微笑みさえ――暗く曇った笑みではあるが――したのであるが、当のオリヴァー卿は慎みも忘れて足をたたくと、ちび司祭に向かい、呪い(魔術)であることだけは一目瞭然ではないかと尋ねた。

----------------

 ↑の文章にある「Thomson&Davy」がよくわからん。実在の人物? 文脈からいって魔術や心霊系の人たちだろうからお手上げじゃ。

「幽霊の犯罪」その12 トーマ・ナルスジャック

「では菫の花をどう思いますかな?」

「まず見たことはありませんね、あの菫は……」

 ブラウン神父はポケットに手を突っ込んで菫を二本丸テーブルに置いた。

 フランボウは口を開いたが、何も言えずにそのまま閉じた。

 神父はマントルピースの下からふいごを取り出すとフランボウに差し出した。

「動かしてごらんなさい」

 フランボウは勢いよく空気の束を吹き出した。

「何が見えます?」

「何も」フランボウが答えた。

「それがわたしの言いたかったことです」ブラウン神父はつぶやくや、頭を(胸に)垂れて食堂から出て行った……。

--------------------

 今月はほしい新刊が少ないので、ここぞとばかりに積ん読を怒濤の如く読んでいる。梅雨時にはちょうどいいかもしんない。二階堂奥歯『八本脚の蝶』が予想以上によくって、栞だらけになってしまった。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 08 | 2019/09 | 10
    S M T W T F S
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 - - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2018年12月 (4)
  • 2018年11月 (4)
  • 2018年10月 (4)
  • 2018年09月 (5)
  • 2018年08月 (4)
  • 2018年07月 (5)
  • 2018年06月 (4)
  • 2018年05月 (4)
  • 2018年04月 (4)
  • 2018年03月 (5)
  • 2018年02月 (4)
  • 2018年01月 (4)
  • 2017年12月 (5)
  • 2017年11月 (4)
  • 2017年10月 (4)
  • 2017年09月 (5)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH