アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
銃は前日のうちに配られていたし、この日の昼間は銃を使える状態にすることに費やされていた。明日には兵士たちに銃の取扱方(exercice)を見せなくてはならないというのに、ピトゥは十二段式弾込め(la charge en douze temps)の第一令(le premier commandement)も知らないのだ。
いずれにしてもピトゥは正しい手順を踏まずに装填していたし、それで出来ていたのである。
演習を指揮する(la manœuvre)に至っては銃の扱いどころではない。
十二段式弾込めのやり方もわからないうえに演習の指揮も出来ない国民衛兵の指揮官など、いったい何者だというのか?
筆者はそんな人間を一人だけ知っていた。その人間がピトゥと同郷であったのは間違いない。【※ピトゥと同じヴィレル=コトレ出身のデュマ自身が1847年に Saint-Germain-en-Laye の国民衛兵司令官になっている。そのことか? 『アンジュ・ピトゥ』は1850~1851年にかけての連載。】
とにもかくにもピトゥは頭を抱え、虚空を見つめ、身動きもせずに考え込んでいた。
草深いガリアの藪を分け入ったカエサルも、雪深いアルプスの尾根で道に迷ったハンニバルも、そして未知の洋上で進路を見失ったコロンブスも、この長い一日の間にピトゥがしたほどには、知らないものを前にして重々しく考えたりはしなかっただろうし、生と死の秘密を知るあの恐ろしい
「どうしよう」とピトゥは口に出していた。「時間は進み、明日が来る。明日になれば惨めったらしくボクの無能が晒されるんだ。
「明日になればバスチーユを攻め落とした勇将(le foudre de guerre)もアラモン中の人たちからぼんくら扱いされるんだ。ちょうど……何とかいう人がギリシア中の人たちからされたように。
「明日は非難の的か。今日は英雄だったというのに!
「そんなのない。そんなのあり得ない。カトリーヌに知られたら、ボクの面目丸潰れじゃないか」
ピトゥはひと息ついた。
「どうすればそんな状態から抜け出せる?
「勇気だろうか?
「違う違う。勇気なんて一分間しか持ちやしない。プロイセン式の射撃訓練は十二段階もあるのに。
「考えてみればおかしな話だな、プロイセン式の訓練をフランス人に教えるんだもの。
「ボクみたいな愛国者にはフランス人にプロイセン式の訓練を教えるなんてこと出来やしないし、もっとこの国独自の訓練方法を編み出すと言っていたらどうなっていたろうか?
「いや、そんなの頭がこんがらかってしまうに決まってる。
「ヴィレル=コトレの市場で猿を見たことがあったっけ。あの猿は銃をいじっていた(faisait l'exercice)けれど、たぶん猿のことだからでたらめにいじっていたんだろうな。
「そうか!」ピトゥは突然声をあげた。
コンパスのように長い足を伸ばして空き地を横切ろうとしたが、ふと思いついて足を止めた。
「急にいなくなったらみんなびっくりするかな。知らせておかなくちゃ」
ピトゥは扉を開けてクロードとデジーレを呼び、指示を伝えた。
「銃の訓練は明後日が初日だと告知しておくように」
「明日じゃ駄目なのか?」二人がたずねた。
「二人とも疲れてるだろう? それに兵卒に教える前に上官に教えておきたいんだ。それからもう一つ」ピトゥは凄みのある声を出した。「反論したりせず命令に従う癖をつけるように」
部下は二人とも敬礼した。
「よし。では周知させておくように。訓練は明後日の朝四時だ」
二人は再び敬礼してから立ち去った。夜の九時だったので寝みに行くのだ。
ピトゥは二人が角を曲がるまで見送ると、反対方向に走り出し、五分後には森深く鬱蒼とした木立に分け入っていた。
では人民解放のためのピトゥの思いつきが如何なるものかをご覧いただこう。
第66章おわり。第67章につづく